二章 -東風と祈り-


 南の風は予報通り朝から強く吹き荒れていたが、時計の針が午後一時を回るころ、ふいに窓を打ちつけるのをやめた。ばりばりと唸っていた管理所の広いガラス窓が静かになり、町を歩く人々が皆、上を見たり、乱れた髪を指で整えたりしていた。
 上等飛行艇士免許試験は、穏やかな南風の中、予定通りに行われた。三人の教官が同乗係と屋上からの観測係、地上での記録係に分かれて希望者の操縦をチェックする。初等飛行艇士から中等飛行艇士への試験と違い、筆記はほとんどあってないようなもので、結果を定めるのは実技試験だ。今年は十五人の中等飛行艇士が参加した。合格者は六人だ。これでも例年に比べて、そこまで少ないほうではないという。
 テオは飛行艇のレバーをゆっくりと左へ向けた。運河の流れをなぞり、観光地区から徐々に外れていく。試験から一日が経った今日、空は青く凪いでいる。屋根のない操縦席で受ける空気は澄み切り、白と薄茶色のカフェオレのような機体を照らす初夏の光は眩しかった。
 川沿いの建物を映す運河は、王都の歴史あるダムを水源として流れている四本の川のうちの一本である。横幅の広いダイヤ型の大陸を、王都を中心としてさらに五つのダイヤに分けたこの国では、イーストマスト、ウェストノール、サウスミール、ノースポートのそれぞれの町に一本ずつ、広い運河を引いた。そこからさらに、各町が自分たちの暮らしに合わせた水路を作り、枝葉のように支流を増やしている。
 昔ながらの農耕風景を残すイーストマストには、水が栄養を蓄えて畑へ下りてくるように、山や湖を通過する流れが。観光と文化の町であるここ、ウェストノールでは、狭い裏路地までくまなく巡る細い水路が。サウスミールは職人の多い町で、造船の技術が発展しているため、支流といっても大型の船が難なく通れる川を三本持つ。学者と芸術家の町、ノースポートは、古くからの威厳ある景観を損なわない、直角に折れ曲がった細い水路が迷路のように入り組んでいる。
 王都グランドイジーは五つの中で最も面積が小さいが、運河のもととなったダム同様、壮麗な石の文化があったことを思わせる遺跡が多く残されている。世界的に見ても考古学的価値のある建造物が多いらしく、訪れる研究者や観光客はあとを絶たない。
 飛行艇による移動の文化が発達したのは、そのためだ。中でも昔からその来訪者たちを迎える宿が多く建ち並んでいたウェストノールでは、他の三つの町に比べて、飛行艇乗りの育成に力を注いできた。管理所が建ったのも一番古い。主翼の表側と裏側両方に、鮮やかなオレンジでWの文字が記してある。停留状態では上から見た場合に、上空を飛んでいるときは町から見上げた場合に、どこから来た飛行艇かを表すものだ。王都だけは飛行艇を所有せず停留場のみを用意してあるが、他の四つの町はすべて、それぞれに管理所を持って交通手段としての飛行艇を行き交し合っている。所属が一目で分かるように記しておくことは、管理所間での暗黙の了解だ。


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