八章 -ウェストノールの風-


 飛行艇士管理所から教官一人とマシューが飛んできたのは、テオが連絡を入れてから三十分と経たないころの話だった。テオの飛行艇が停まっていることを聞き、中等飛行艇士用の荷物を多く積める飛行艇を使って、教官がそれを操縦し、マシューが荷物と一緒に腰かけてやってきたようだ。ルーダをぎりぎり飛び立てるくらいの端へ寄せて待ち、二人が到着したところで準備が始まった。カルドーラの吹き荒れる高さまで飛んでゆけるよう、飛行艇を強化するのだ。
 愛機と自分たちが乗ってきた飛行艇とどちらを使うかと聞かれたが、テオは迷わずルーダを選択した。これが壊れるようなことがあっては、自分たちも無事ではいられないと分かる。危険を冒すつもりがないことを、自分とセネリに証明する手立ての一つとしてこちらを使う。構造は同じとはいえ、普段と違った状況下だからこそ馴染んだものを使いたいという気持ちがあったのも事実だが。
 セネリは室内でひたすら、新たに上空からの精製に合わせた風のもとの調合に集中し、テオたち三人は庭で飛行艇の改造に取りかかった。手始めに、上等飛行艇士になって設置した立派な客席を外す。シートの重みと背もたれが生む風の抵抗を、少しでも減らすためだ。同様に操縦席も、初等飛行艇士がよく使っている質素なものに変更する。真後ろにもう一つ、同じタイプの座席をセットした。こちらのほうが背もたれに高さがなく、風に煽られる可能性が減らせる上、背中側からの声が聞こえやすいという利点もある。風の状況を詳しく把握できるのはセネリだ。互いの声が聞き取りにくいと思われる強い向かい風の中では、少しでも隔たりなく会話ができる必要がある。
 教官とテオがそれを固く設置している間に、後部ではマシューが花粉症によるくしゃみを繰り返しながらも、空いたスペースにがっちりとした土台を組んでいた。飛行石を追加して、浮力を高めるための装置である。通常、どれほど遠くまで行くとしても精々予備を一つ積んでいくくらいだが、今回は一つでも多く、乗せられるだけ追加することに決まった。高く、カルドーラの高さまで機体を上げられるように。そして万が一カルドーラに呑まれて予期せぬ場所まで放り出されても、エンジンさえ無事であれば、どこからでも戻ってこられるように。
 セネリの家のドアを開け放して明かりを取りながら、作業は夜になっても外と中の両方で行われた。ジリジリと夏の虫が鳴き、首筋に汗が滲む。途中でセネリが作り置きのハーブティーに氷を入れて振る舞い、マシューが管理所の非常食置き場から詰め込んできた缶のリゾットを開けて、慌ただしさの中でも体力を使いきらないよう簡易的な食事を済ませる。飲み物を、としか言わなかったが、セネリのことだからきっと何か、作り置きと言えども、疲労や眠気解消に効果のあるものを用意したのだろう。休みなく続けられる作業の中でさすがに疲弊してくるのは隠しようがなかったが、星が空に輝きだしても欠伸を堪えられなくなることはなかった。


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