八章 -ウェストノールの風-


 飛行艇の改造作業は明け方まで続き、すべてが最良だと思える状態に整ったときには、すでに東の空がぼんやりと白み始めていた。それよりほんのわずかに早く、セネリが風の調合を終えた。テオたちの作業の完了を受けて、目を休めるために当てていた温かいタオルを外し、瓶を吊るしたベルトを締める。若草色の、光によって山吹色にも姿を変えるガラス瓶を一つだけ提げていた。彼女が作ったものは、太古のウェストノールの乾いた大地を渡っていた、何物にも阻まれることなく広がってゆく大きな布のような風。突き進むカルドーラを山吹色の広く伸びる西風で包み込み、そこから若草色の風が、中心を目がけて一気に吹き抜けるという。その衝突の力で、風の根を打つ。

「じゃ、くれぐれも気をつけて行ってこいよ」
「おう」
 出発の身支度を整え、テオはマシューとハイタッチを交わした。立場は違っても、この挨拶だけは上下関係を問わずに行われる。後ろに立っていた教官とも硬い手のひらを合わせて、ぱんっと響いた音を合図に、操縦席へ乗り込んだ。
「ベルト、いつもと違うだろうけど分かる? それをこっちに回して、そう、そこで止めて」
「はい」
 度重なるくしゃみで鼻を赤くしたマシューが、後ろでセネリのベルトを確認して、飛行石を積み込んだ装置のスイッチを入れる。無数の青が唸りを上げて光りだし、セネリが驚いたように後ろを振り返った。
「八つの飛行石を積んでるけど、浮力が満タンにしきれなかったのもあるから、最高高度は三千くらいまでな。ま、カルドーラには充分届くよ」
「了解」
 搭載した予備の飛行石すべてに光が点っていることを確認して、マシューは飛行艇から離れた。短く答えて、テオはゴーグルを下ろす。風で視界がやられないよう、本来なら屋根を取りつけるのが理想的ではあるのだが、セネリの言う風の根というのが、はたしてガラス越しでも捉えられるものなのか分からない。同じ理由で、セネリのほうは首から提げてこそいるが、ゴーグルの装着はしていない。テオは片手を挙げて、ドアの前に立った二人へ聞こえるように声を張り上げた。
「行ってきます!」
 ルーダ、とすっかり内装を特殊装備に積みかえた愛機へ向けて、その名を叫ぶ。まるで眠りから覚めるように、飛行艇は大きく震えて飛び立った。手元の飛行石がまだ薄暗さを残した朝の中で、眩い輝きを放つ。重力を振り切って急上昇する感覚に、セネリがジャケットを掴む手の力を強くした。


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