七章 -カルドーラ-


 テオの言葉に、セネリは眸を大きく揺らして戸惑った。引っ切り無しに材料を扱ううち、すっかり汚れてしまった手でエプロンを掴む。それすらどこに触れたのか区別がつかなくなるくらい、セネリの身につけたエプロンもまた、セネリが気づかないうちにたくさんの色で点をつけられていた。
 固く引き結ばれていた唇が、錆びついていたときを取り戻すかの如く、ゆっくりと。開きかけては閉じて、迷いながら開かれる。
「本当に。……絶対に、自分の身を一番に、無茶をしないって言ってくれる?」
「約束できるよ」
「どうして、そんなふうに言い切れるの」
 もはや泣き声に近い声で問いかけたセネリに、テオはそうだなあ、と目の前に立つ少女を見た。答えが、答えを探している。結論は最初から、ここにあるのに。
「――あんたを、乗せていくからだよ」
 紫苑の眸が、驚きに見開かれる。言葉をなくしたセネリに、テオは自分から続けた。
「あんたは、オレが無事でいることを望んでる。オレは、あんたを無事に帰せないようなら神殿なんてどうだっていい。一番大事な望みは、ちゃんと一致してるんだ」
「テオ……」
「だから、平気だよ。オレは、セネリがまたこうやって家に帰ってこられる前提で、その条件の信じられる範囲の中でだけ、神殿を守ることに協力する。これ以上は無理だと思ったら勝手に引き上げるし、怖くなって冷静な判断ができなくなりそうだったら、それも危険だから早めに引き返す」
「……」
「分かるだろ。セネリが帰ってくるんなら、必然的にオレも帰ってくるんだ。あんたが乗ってる飛行艇を、操縦するのはオレなんだから」
 誰かに、何かを約束するということが。これほどまでに一言一句、忘れてはならないと感じたことが今までにあっただろうか。テオは自分の口にしたことを決して違えないように、半分はセネリへ、残りの半分は自分へ届くよう一つ一つを大切に語った。真意を見定めるように、見上げる紫苑の双眸を見つめ返す。それは先ほど彼女が見せた風の根を視るような視線ではなく、もっとずっと、真実を測るというより、願いをかけるような強い眼差しだった。
「――うん」
 短い了承の中に、幾重にも言葉を重ねて。
 テオは深く頷いたセネリとハイタッチを交わし、刻一刻と東の空から迫る風へ向かうべく、準備を始めた。


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