六章 -マシューの伝言-


「行ってらっしゃい。お帰りもぜひウェストノール飛行艇士管理所にご連絡を」
 晴れ渡る青空に、段を成した雲が折り重なっている。この時期は北の町も太陽を拒むことなく暖かい。ノースポート行きの便が、一年で最も忙しくなる季節だ。サウスミールの夏に比べて、気温は五度と変わらないのに日差しの強さは半分にも及ばないものだから、観光地として女性客からの人気が高い。肌を焼かず、手軽に休暇の気分を満喫できるのである。
 テオは三人連れの女性客を降ろして、それぞれに荷物を手渡した。洋服も何もかも現地で揃えるつもりの小旅行のようで、全員がハンドバッグ一つしか荷物を手にしていなかった。客席が窮屈にならない大きさであれば、必ずしも中等飛行艇士を伴わなければならないという決まりはない。繁忙期は家族連れや避暑地へ向かう人々も現れるので、反対に貨物用の飛行艇を何台か必要とする場合もある。一人で回れるものは一人で、というのが、テオも昨年までは眺めていた上等飛行艇士たちの暗黙のルールだった。
 何事か話し合いながら時々弾けたように笑い、夏の装いに身を包んだ三人連れは真っ直ぐに歩いていく。自分たちより若い上等飛行艇士が珍しかったのか、道中テオの年齢を聞いてきゃあきゃあと沸き立った。そのうちの一人が、同い年の弟がいるという話を始め、彼女たちは着陸のときまでその話に花を咲かせていた。今もその続きなのかもしれない。
 停留場の出口が分からずに迷う様子はなさそうだ。テオは旅慣れた歩調で遠ざかっていく三人の背を見送り、操縦席の無線を取った。
「テオ・アーウィング。ノースポートに到着しました。浮力残量は八十。問題なし」
 ザザ、とくぐもった音が聞こえ、すぐに向こう側の音がクリアになる。ナンバー、と声がかかったので106と答えた。これは機体や免許に記載のない番号で、各飛行艇士が自分に割り振られた三桁から四桁の数字を暗記している。声の滞りやすい無線連絡において、簡易的ではあるものの、名前以外の方法で本人を証明するためだ。
「つっても、慣れると聞き分けられるようになるけどね。お疲れ、テオ」
「お疲れ、マシュー」
「何も変わりはない?」
「特に何も。そっちからは?」
 形式的なやり取りを終えると、自然と口調は崩れる。無線の向こうにいたのは、あの丸眼鏡の少年だった。彼の言うとおり、幾度となくやり取りを交わせば声は段々と分かるようになってくる。しかしそれは、本来なら飛行艇士側からみただけの意見だ。事務員の数に対して、外から連絡を入れる飛行艇士の数はあまりに多い。友人知人であれば別だが、そうでもなければ一人一人を聞き分けようと考えられるような比率ではないのである。
「テオ宛の電話連絡が一件」
「連絡? 誰から?」
「セネリちゃんだよ。ついさっき電話があった」
 個人宛の電話連絡などそうそう入るものでもない。珍しいな、と思ったあとで無線機の向こうから聞こえた名前に、テオは思わず聞き返した。


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