六章 -マシューの伝言-


「セネリが?」
「うん。電話が鳴って、僕が取ったんだけどな。すぐに切っちゃったから、詳しい話が聞けてないんだ。ごめん」
「切ったって、なんで」
「分かんない。テオに代われるかどうか聞かれたから、今は仕事で管理所にいないって言ったら、分かりましたって。夕方には戻るって言ったんだけど、そしたらなんか、ちょっと慌てて、急ぎの用じゃないから忘れてもらって大丈夫ですって」
「ふうん……」
 テオは外した手袋をくるくると回しながら、思案顔になった。セネリのことだ、仕事中と聞いて急かすまいと思い、慌てて急用でないからとマシューに告げた姿が目に浮かぶ。だが、それにしてはそもそも、その行動自体が不可解だった。
 セネリは確かに、テオのアパートの電話番号を知らない。テオから彼女に連絡したことはあったが、彼女のほうからきたことはないのだ。これといって必要に迫られたこともなかったので、セネリに電話番号を教えておこうなどと考えたこともなかった。仕事帰りに時間を見つけると、時々家に寄って直接話をする。これまでに交わした大概の話には、それで事足りてきた。
 知らないのだから、管理所を経由して連絡を寄越すことはおかしくない。引っかかったのは、いつになるかは分からないが遠からず次に会ったときではなく、セネリが何かしらの話を、今、しようと思ったところだ。
「三時からの仕事で、ちょっと移動があるけど、ノースポートの北端の岬からウェストノールの停留場まで運んでほしいって連絡が入ってる。お客さんは一人で、荷物用の飛行艇はいなくて大丈夫。ちょうど上がりの時間に合うし、これ行く?」
「ああ、それにする。助かるよ」
「お安い御用」
 無線機の向こうでタイプライターを操作して、マシューはテオに手ごろな依頼を斡旋した。管理所の事務員の主な仕事は、電話や手紙で届いたその日の飛行艇の航行依頼を把握し、次の仕事を割り振ることである。仕事を終えた飛行艇士の状況を確認する作業も兼ねる。飛行石の浮力と移動距離の少なさ、それぞれの帰着予定時間など、様々な方向から検討して最も良いと思われるものを選ぶのだ。
「直帰扱いにしておくからさ。仕事が終わったら、一応連絡だけちょうだい」
「分かった」
「それじゃ、三時に岬を出発ね。よろしく」
 無線はそう言って、マシューのほうから切られた。腕時計をちらと見て、テオは操縦席で手袋をはめる。繁忙期でなければ、一旦ウェストノールへ戻っても良かったのだが。さすがにこの時期ではそのような、早退とも取れる行動をするわけにはいかない。
 エンジンをかけて空へと上がりながら、テオはレバーを岬のほうへ向けた。夏だというのに薄いガラス片のような日射しが、舞い上がった機体の上をなだらかに這って零れた。


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