四章 -アゼリー会の参加者-


「今に伝わるものだけでも、せめて遺すことができればと思って研究を続けていますが、そうは思ってもなかなか。ですが、アゼリー会では多くの研究者の方と交流することもできます」
「何か、良い話があるといいですね」
「きっと小さなもののいくつかはありますでしょう。マーキン先生やハディト先生は風の神殿研究の重鎮ですし……、ああ、それにロナード先生もいらっしゃる」
「……は」
 危うく、ボストンバッグを滑り落とすかと思った。間の抜けた声が出たことをごまかすために、ああ、と分かったふうな相槌を打つ。研究者の間では、なかなかに有名な方たちなのです。男は会えることを楽しみにしているように、そう言って笑った。
 驚いた。まさかここで父の名前を聞くことになるとは。
 テオは営業用の笑みを軽く返しながら、先生と呼ばれた父の顔を思い出して、妙な顔をしないように自分を落ち着かせた。研究者である父が一応、王都の遺跡研究者会に属していることは知っていたし、父は現在も母や姉と一緒に王都で暮らし続けている。王宮に近いアゼリー神殿で行われるこの報告会に参加していたとしても、何ら不思議はない。だが、見ず知らずの他人の口から身内の名を聞くとは、予想以上に驚く出来事なのだなと分かった。何より一つ気になる点があって、言葉を慎重に選びつつたずねる。
「ロナード先生は……、その方も、風の神殿の研究を?」
「ああ、いや。あの人は遺跡全般の建築の専門家なのです。風の神殿は昔、隠し扉が見つかったことがあって。迫害を逃れた数少ない記録書なんかが、厳重に保管されていたそうですよ。長い年月、誰にも開けられなかったせいで固まってしまっていたその扉を開ける際、遺跡を壊さないように扉を外す相談を受けたのが、ロナード先生だったという話です」
 僕は当時まだ研究者になっていなかったから、実際のことに関してはあまり存じ上げないのですが。今回は、そのこともお聞きできたら良いなと思っていまして。男はテオの問いかけに機嫌よくそう答え、そういえばと空を見上げた。
「今回のアゼリー会。開催に関して、ウェストノールの風の調合士の方がご尽力くださったのだとか」
「え? あ、ああ、そうでしたね」
「何でも、本当なら今日になるはずだった雨を、風で雨雲を追い上げて早めに降らせておいてくださったそうですね。おかげで長々と汽車を乗り継ぐこともなく、我々は飛行艇を使わせていただけました」
 思いがけない父の話題に気がいっていたせいで、話が切り替わったことに気づくのに微妙な間が空いた。そうですね、と慌てて答える。
 多少の雨であれば屋根を着けて飛ぶことは可能だが、視界を遮るような雨の中では、航行は禁止される。そうなった場合、残る足は汽車くらいのものだ。年に一度の集会のために各地からやってくる研究者たちが皆、重い資料を抱えて雨の駅を歩かなくてはならなくなる。雨雲を何とか逸らせないだろうかという依頼を、彼らの大半の宿泊を受け入れる町であるウェストノールの飛行艇士管理所が、風の調合士へ持ち込む決断をするのは、熱いコーヒーに角砂糖が溶けるよりも速かった。


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