四章 -アゼリー会の参加者-


 レモンタルトをフォークの先で切りながら依頼の内容を把握したセネリは、雲を逸らすのは難しく、失敗した場合に広範囲へ雨を降らせるだけになるから、いっそ雨雲の背中を押して早めに降らせてしまうのはどうかと提案してきた。予定より雲の流れを速め、アゼリー会より先に雨を通り過ぎさせてしまうのだ。電話を借りて管理所に相談したところ、案の定ではあったが、その方法で任せるとの返答があった。その道のことは、その道の人間に従う。それが管理所のセネリに対する評価のようだ。彼女はあの試験の風を調整して以来、教官からの信頼が厚い。
「不思議な人々ですね。風の始祖の血を引く人々と言われますが、家系であれば必ずしも風生みの力を呼び覚ませるわけではない。もっと言えば、風の始祖とは本当はなんだったのか。それさえ分かっていないのですから」
 僕は恐らく、風の精タミューと人間の間に生まれた、最初の子供だと思っていますが。男はイーストマストの出自らしい見解を口にした。夢物語のような仮定だが、あるいはそれが正解であるのかもしれない。大陸にはかつて、全土に精霊がいたという。長い年月の経過の中で、人間と関わりを持った精霊がいたとしても何らおかしなことではないのだ。
「ああ、ここですね」
 セネリのことを口に出そうかと数秒、迷ったが、それをどちらとも決める前に男が足を止めた。いつの間にか、アゼリー会の受付所が目と鼻の先になっていた。ここから先は招待状を持たない人間は入れない。係の男が向こうから、テオの持つボストンバッグを受け取るために歩いてくる。
 高いフェンスの向こうに、白い石造りの神殿があった。屋根は半分ほどまで造られた段階で建築が止められており、当時の材料不足による問題だったと推測されているが、ちょうど光が美しく射すので現在も完成はさせられていない。アゼリー会ではその通称のとおり、大陸中の研究者がこのアゼリー神殿に集う。厳重な警備と様々な手続きの果てに、参加の必要ありと左手の甲へ判を押された者だけが中へ入れる。
「どうも、親切にありがとうございました」
「ああ、いえ。それじゃあ、失礼します」
「あ、すみません。少々よろしいでしょうか。これを」
「はい?」
 ボストンバッグを受け渡し、停留場へ戻ろうとしたテオを男が引き止めた。確か、あれ、などと言いながらトランクのポケットを探り、あったあったと嬉しそうな顔になる。男は中から引っぱり出したそれを、これ、とテオに向けて差し出した。
「もし良かったら、あなたのほうで使っていただけませんか。ウェストノールを歩いているときに受け取ったのですが、このあと使う予定もなくて」
「何ですか?」
「観光地区にある、カフェのチケットのようです。あの町の方のようですし、よろしければお礼に」
 渡されたチケットには、管理所近くで見たことのある店名が綴られていた。自分で行ったことはないが、ウェストノールの中心地では人気のある小綺麗なカフェだ。観光客に時々道をたずねられるので、ぼんやりながら外観も覚えている。
「良いんですか」
「ええ。僕の手元にあっても、報告会の間にどこかになくしてしまいそうです」
 ね、と示すようにトランクのポケットを開く。中にはぎっしりと、報告会用のメモと思われる紙切れが詰まっていた。
 テオは礼を言って、そのチケットを受け取った。研究者の男はゴトゴトとトランクを引き、係の男が待つ隣で、年配の女と何事か言い交わしながら受付を済ませる。
 飛行艇が王都の空に、渡り鳥のように飛び交っていた。


- 26 -


[*前] | [次#]
栞を挟む

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -