四章 -アゼリー会の参加者-


「風の調合士の神殿を、主に研究していまして」
「え」
「神殿は王都にありますから、できればここに住みたいのですけれどね。駆け出しの身では何分、家賃が少し辛いもので。普段はウェストノールに暮らしているんです」
 男はそこで一度言葉を切り、四つの町の運河に繋がる巨大なダムのある広場にさしかかったことを祝して短い祈りを紡いだ。イーストマストの出身だったのか、と思う。自然を豊かに残すイーストマストでは、現代でも精霊や妖精に対する信仰が根強い。水や木の集まるところに立ち止まって祈りの文句を捧げる風習があるので、この習慣を残している人は生まれが分かりやすい。
 風の調合士の神殿に対する興味の根源も分かった気がして、テオはボストンバッグを反対の肩にかけ直しながらダムのほうを見た。フェンスの向こうになっていてここからではそれほど何が見えるわけでもないが、確かにこの周辺の空気は水気を多く含んでいる。お待たせしました。二十秒とかからない祈りを終えて、男はまたトランクを引いて歩き出した。
「風の調合士の歴史には、未だ分かっていないところも多いのですよ」
「そうなんですか? 現代にもいるのに」
「風生みの素質を生まれながらに持つ彼らには、数学者や哲学者と同様、神と称えられた時代もあれば魔女や悪魔と虐げられた時代もあったのです。前者のような時代に残された膨大な記録は、後者のような時代が来ると燃やされ、調合士の歴史はそれを幾度も繰り返してきました」
「……へえ」
「残念ながら、比較的後世までそれが続いていたようでして。風の調合士に関して残されている資料というと、燃やせない素材のもの。はっきり言ってしまえば、この王都にある風の神殿と、そこに遺された石碑や墓碑、壁画などに限られるのです。今の彼らに伝わる彼ら自身の歴史というのは、本当にわずかなものですよ」
 男はそう一息に言ってから、つい研究のことを話しすぎたと苦笑した。テオはそれに首を振って、そんなことはない、興味深い話だったと答える。事実、こんな場所で風の調合士にまつわる話を耳に挟むとは思わなかったので、同行を申し出たときには思いもよらない収穫だった。ここ百数年ではさすがに、調合士に対するそういった批判も失われつつあるようですが。それを聞いて少しだけ、いつの間にか強張っていたらしい胸の奥の緊張が解けたのを感じた。


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