W.薄金色の部屋で


 トウミツ祭を過ぎてからも、マリアは何度か古書屋へ足を運んだ。その間に一度、ジルのほうが商店街へ買い物に来たのだが、互いに姿を見つけて、彼はマリアのいる青果店へは入って来なかった。両親がいたから、あえて避けてくれたのだろう。マリアは今でも古書屋へ通っていることを誰にも話していない。そのことをわざわざ彼に話したこともなかったが、噂というのは隠れてしているつもりでも、本人の耳へ届いているものである。きっと彼も自分の評判を耳にしていてマリアのことなど知らないふうに振舞ったのだろうということは分かりきっていたが、それに対して礼を言うのは謝ることより酷い気がして、マリアはそれについて何も言えなかったが、代わりに翌日自分から古書屋へ出向いて、いつも通りに時間を過ごした。
 「あの、星読師ってご存知ですか?」
 今日は二、三ヶ月に一度の移動図書館がやってくる日だ。図書館と言っても荷車と雄牛なのでここで読んでいくわけではなく、基本的には借りていく。前回寄ってもらったときに借りていった本を返しに来る人もいる。そういう使い方だ。
 「星読師?さあ、知らないねぇ」
 「そうですか……」
 「悪いな、お嬢ちゃん」
 雄牛を引いた年配の男性は、マリアの質問に申し訳なさそうに首を振った。謝ってもらうことではない。マリアはきちんと頭を下げて、いいえと笑顔を作った。
「いいんです、変なことを訊いてごめんなさい。それじゃ」
「ああ、何も借りなくていいのかい?」
「今日は、何だか。またこの次に」
そうかい、と人の良さそうな笑みを浮かべた男性に見送られ、商店街へ続く道を戻っていく。ささやかなため息が零れた。有名な仕事ではないと言っていたが、書物に関わる人に聞けば、何か分かるかもしれないと思ったのに。詳しい話が聞きたかったのではない。ただ一言でいい、彼以外の口から、星読師ね、ああ知っているよと、それだけ確かめられたら後のことはすべて信じられる気がしていた。
 「……」
 荷車を見ていても、星の流れそうな本ばかりが目につく。マリアはそんな自分に何をやっているのだろうと呆れながらも、商店街を真っ直ぐに抜けて、ふらふらと角を目指した。足が、行き先を覚えている。行って、顔を合わせたところで、他愛無い話を繰り返すだけなのに。


- 9 -


[*前] | [次#]
栞を挟む

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -