\.未来への約束


 「―――」
 目の前に、ふいに暗闇が現れた。今までのどこかぼんやりとしたものではなく、霧の白が映える暗さだ。だが、不思議と嫌な感じはしない。ただ空気が澄みすぎていて、ここは何だか胸が痛いなと、そう思った。
 その中心に、ジルがいた。こちらに背を向けて、一人で立っている。マリアはそっとその後ろ姿に歩み寄り、その澄んだ空気を吸い込んだ。暗闇の中に薄金色の髪が、星のようだ。
 「ジル」
 できるだけ、柔らかな声で呼びかけてみる。振り返って、その目がこちらを向いた瞬間、マリアは彼がこれまでのジルと全く違ったものだと分かった。澄んだ、あまりに透明で寂しい目をしている。それはまるで、もう会いに来るなと言ったあの瞬間を彷彿とさせる、そんな眸だった。
 「……私が、信じられないわよね」
マリアはそんな彼に一歩近づくと、意を決して現実では一度も告げたことのなかった確信を口にしてみた。セピア色の眸が、微かに揺らぐ。
「分かってるの、本当は。私みたいな、平和な街で特別なことなんて何もなくて、暢気に育った人間でさえ猜疑心を持つようになるんだもの。私があなたを信じていないうちから、あなたが私を完全に信じてくれるなんてあり得ないわ」
「……」
「でもね、約束は守ったでしょう?会いに来たのよ。こんなところまでだって、本気になれば来られるものね」
「……マリア?」
「ええ、そう。……ねえ、ジル」
人形のようだった視線が、微かに温度を持った。マリアは微笑んで、少し背の高い首に両腕を回す。
 「完全じゃないかもしれない。でも私、あなたが私に優しい人だっていうことと、自分の気持ちくらいはちゃんと分かるわ」
 「……!」
 「……だから、戻って来てよ。私に、あなたとの約束を破らせないで」
 抱き締めた体は、これまでのように消えることなくしっかりとした形を持っていた。盲目になることは、怖いことだ。誰かを一ミリも残さずに信用することなど、そうできるものではない。けれど信じたいかどうかなら、明確なのではないだろうか。信じたい、と思っている。彼も同じように、信じたいと思ってくれていることを。
 願いをかけてそう口にした瞬間、マリアの腕の中で、ジルの体が光を帯びた。霧に戻るのとは違う。何が起こっているのか分からずにその様子を見つめるマリアだったが、やがてその光が強くなって、目に痛くなってきた。これ以上は直視できないと、目を背ける代わりにその体をぎゅっと抱いて視界を塞ぐ。その瞬間だった。
「―――……!」
その体が無数の星になって弾け、数え切れない光の塊となって宙に散ったのは。ジル、と呼びかけようとしたのに、体が何かに引き戻されるようで上手く声が出ない。眩しさに目を瞑ったマリアの視界に、最後に映ったのは自分を囲む目映い光のリングだった。


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