Y.星読師


 「ねえ、星読師って何人くらいいるの?」
 古書屋に着いて椅子へ座るなりそう訊いたマリアに、紅茶を淹れに行こうとしていたジルが思わず足を止めた。マリアはそんな彼の驚きに、内心では察しがついていたが気づかないふりでノアを撫でる。驚かれるのも当然だろう。これまで色々な話を聞かされてきたが、マリアはいつも、自分からあまり彼に質問をしないできたのだ。それはもしこれがすべてまっさらな嘘だったら、騙されて興味を持っている自分がどれほど滑稽に見えるだろうという、消しきれない猜疑心から来る意地だった。だが、マリアはそれをすべて捨てることに決めたのだ。笑われたならそれでいい。というよりも今は、どんな疑問でもいいから可能な限り彼の言葉で晴らしてほしかった。本当でも嘘でも、真剣に、自分のために言葉を選んで説明をしてほしい。
 「ええと……、確か僕を入れて、十人くらいだったと思うよ。一年以上前の情報だけどね」
 「他の人達はどこにいるのか知っている?」
 「皆それぞれ、好きな街で生活していると思うけれど。王都に一番多くて、確か三人」
 理解を、させようとしてみてほしかった。それが何のためにと訊かれたら、どこまでも利己的な答えになるのだが、強いて言うなら確認のために。親しみを持っていない相手のためにたくさんの質問に答えたり、多くの嘘を創り上げたりすることは、どちらであっても億劫なことだ。彼はそれを、してくれるだろうか。マリアにとって本当に問いたいことはそれだった。疑わしくても得体が知れなくても、自分はとっくに、ジルに情が湧いている。極論としてそれさえ共通であれば、今と同等の付き合いは十分にできるはずだ。
 「あなたは、ここに来る前どこで暮らしていたの?」
 「僕も王都だよ。といっても大分外れのほうだから、あまり人に言えないけれどね」
 「どうして王都に集まるの?」
 「僕の場合は王都にいた星読師の下で、三年くらい修行をさせてもらっていたからね。独立してしばらくも何かと面倒を見てもらっていたから、その人の近くで店をやっていて……、大体皆そんな理由だよ」
 答えながらジルは奥の部屋へ向かって、キッチンで紅茶の用意を始めた。それほどの距離はないおかげで、ドアを開け放してもらえれば十分に聞き取れる。彼は前に一度天井を見せて以来、奥の部屋を見られるのをそれほど躊躇わない。時々マリアも一緒に行って手伝うほどだ。
「お店って、王都でも古書屋?星読師の人ってみんな古書屋さんをやるの?」
ノアが膝に乗ってきたので今日は行かなかったが、マリアは微かに見える薄金色の天井を覗きながら訊いた。紅茶の缶を開ける音がして、ノアの鼻がぴくりと動く。猫は人間より嗅覚が優れているというから、こんな紙の匂いの深い中でも、微かな紅茶の香りを辿れるのかもしれない。
「義務じゃないよ。でも大体はそうなんじゃないか」
「古書屋さんって、大変そう」
「ああ……、でも、生活の糧のメインじゃないんだ、本当は。仕事柄どうしても大量の本が手元に残るから、表向きにはそれを並べて古書屋として生活している人が多いと思うけど」
「あ、そうなの?」
「星読師って言っても、なかなか伝わらないしね。天文学者くらいじゃないかな、僕らのことを知っているのは」
言いながら、彼はティーポットにお湯を注いだ。手元が別のことをしているせいか、いつもより少しだけ饒舌だ。確かに移動図書館の男性も知らなかった、と思い出すマリアに、彼は続けた。
 「星読師の仕事への報酬は、空に返した星の位置と大きさを月に一度まとめて送って、天文協会がそれを見て仕事の量次第で渡してくれる。だから古書屋はやってもやらなくても、別に自由だよ。少しは手放さないと床が抜けるから、皆やるだけで」
 「ふうん……」
 「今日は何だか質問が多いね。急にどうかした?」
 はい、と目の前に出された紅茶に、顔を上げる。まだ水面を見ているのかと思った。静かながら答えを促すように見つめるセピア色の眸に耐えられなくなって、マリアはそっとカップに手を伸ばし、その水面へ声を落とすように呟いた。
「別に、前から気になっていたことを訊いてみただけ。それだけよ」
嘘が、下手だなと思う。思ったことが全部口に出てしまう正直者というわけでもないくせに、誤魔化すのが下手だ。マリアはあからさまに強張った自分の声を鼓膜で反芻して、彼と視線を合わせないようにと紅茶を飲んだ。嘘だと言うべきか気づかなかったふりをするべきか、迷っているような沈黙が重い。先に破るべきだろうかと二の足を踏んでいると、やがてジルが小さくため息をついて、そう、と苦笑の残る目を伏せた。
 「ねえ、ジル」
 「何?」
 「もう一つだけ、訊いてもいい?」
 膝の上のノアが、ふいに降りて床を駆けていった。そのまま中二階へ続く階段を上っていく。黒い後ろ姿を追っていた視線を正面へ戻せば、彼は無言で頷いた。小さな重さを失った膝の上で、マリアは無意識に両手を握り合わせる。


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