詩歌のような言葉を並べる以外に、何ができたと云うのだろう。文学に興味はなかった。ロマン主義を気取りたかったわけでもない。ただ、それが最も美しく儚く、都合が良くて、生易しいと思った。耳障りの良い言葉は、途切れのない音楽のように滑るだろう。君を。
「で、いつまで続ける気なんだ」
「さあ。とりあえずは、今日も続いてるんだ。頼むよ」
「図書館にいるっていうだけの理由で、連日、人の告白を考えさせられる僕の気持ちを考えたことはあるのか」
「ある。でも、君しか頼れない。ふざけてるけど、おふざけじゃないから。他の奴じゃ、真面目に考えてくれないだろ」
「所詮、どう作ったところで彼女の耳には大した違いもなく届くかもしれないのに?」
「それでも、違うよ。心を笑われたらそれは本望だけど、冗談で笑われたら、僕には未練が残る」
「そういうものか」
「うん、そういうものだ」
 殊勝だな、と一言吐き捨てる。眼鏡の向こうの目をしばらく伏せて、彼は僕の手からルーズリーフを抜き去り、シャープペンシルに芯を入れた。さらさらと、濁りのない文字を書き連ねていく。
「聞いていただけませんか、ついこの間、昨日かもしれないこと。鳥が鳴いていました」
「黙読にしろ」
「練習だよ、彼女の前で詰まったら恥ずかしいだろ。それに、君がいつも言うんじゃないか。何度か声に出せ、引っかかったところは繰り返せ、それで自分なりの言葉に直せって。丸々伝えただけじゃ、告白じゃなく暗唱だって。僕も、そう思う」
「……はあ」
「だから、頼むよ。気にせず続きを手伝ってくれ」
「分かった」
 短い返事をして、彼は口を閉ざした。切れ長の目から諦念の色が消え、代わりに差したのは鋭く真っ直ぐな光。一文字一文字が長年の研究か、学問の果てである学者のように、彼は偽るところのない真面目さで以てその先を綴った。それが本当のことをより上手に偽るために、彼を頼った僕のためと知りながら。
「窓の曇りに、以前に誰かの書いた落書きが薄く、浮き上がっていました。靴先は雨も降らないのに、教室の暖かさと廊下の寒さとの狭間にあって、雨上がりのように濡れていた。土色の床を踏みながら、そこに草木が満ちる想像をしました。爪先にもし、花を住まわせることができたなら、例えばあなたはどんなものを望みますか。外には今、あまりたくさんの花はありませんが、ちょうどパンジーの花壇を通り過ぎるところでした。雪がそこだけ退かされて、まるで雲間に咲いたようで、パンジーというのはあんなに静かな花だったのかと。あの花壇の外れには、春の蒲公英も眠っていると聞きます。どちらが、好きですか。冬に雪景色と共にあるあなたは、今見えるように美しいのだと分かりましたが、春にあの雪が解けたらまた、蒲公英の山吹色と煉瓦の前で立っているあなたの姿を、ふとした拍子に見かけて、足を止めたい」
 詩歌のような言葉を並べる以外に、何ができたと云うのだろう。好きだと告げれば怯むのだろう物静かな彼女に、愛だ恋だと尖った言葉を使わず、この胸の内を明かすには。信じてほしいわけではない。疑ってほしいのだ、僕を。馬鹿だなと思って、苦笑いをして、聞こえないふりをして。
 そしていつか、もしかしたら冗談ではないのかもしれないと、一周回って疑いをかけてくれたら。
「――そんなことを、取り留めもなく考えていました。あなたの名前を口にして、呼び止めることができるまでの、その間に」
 嗚呼、なんて臆病で気の長い、恋だろう。




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