第一章


「レトー先生」
「あ、覚えてもらえましたか」
「……はい、もちろん」
うろ覚えだった、とは言わないほうが常識的だろう。確認を兼ねて呼んでみてはっきりと思い出す。彼は、月二回しかない授業の教授なのだ。魔法学、という。名前は重要そうだが内容はというと、魔法について毎授業、テーマを決めて好きに語らうという単純なものである。魔法で出された水とあの泉から汲んだ水、どちらが綺麗だと思うか。魔法で出された雲は、雨になるのか。そんな話だ。
「それは光栄」
「いえ、当然のことですので」
「僕もあなたは覚えていますよ」
「こちらこそ、光栄です」
「エレン・カトレアさん。歴代の主席卒業生に勝るとも劣らない実力で、入学されたと」
授業を受けたのはまだ二度程度だが、変わった名前だなと、何となく記憶に残していた。面と向かって話したのは、これが初めてか。表面上を滑るような初対面らしい会話に、よそ行きの苦笑いをして謙遜の言葉を口にする。いいえ、そんな。けれどその言葉は、彼の何気なく放ったであろう一言にさらりと流された。それさえも、とても初対面らしかった。謙遜に冗談を返すには距離があるから、次の話に移る。けれど彼が選んだのは私にとって、あまり無難な話題ではなかった。
「その実力だと、やはり将来は魔法開発の方面へ?」
「……ああ、いえ」
「あれ、外れましたか。てっきり機関の仕事に就くのだと」
「よく言われます。でも」
否定して、それからふと事実を話すべきかと考える。隠しているわけでもない。隠すつもりがあるなら、はいと答えただろう。それをしないのは、変に目標が定まってみられると面倒だからだ。ちらと視線を奥の棚へやる。私がこんなにも通い詰めている図書館の、そのまた読み進めている蔵書は、機関への進路に必要な知識とは真逆をいくようなもの。
「……私、将来のために主席を取ったわけではないので」
「え?」
「調べものがあるので、これで失礼します」
セグラノードの図書館に、興味があった。ここでなくてはならない理由が、ここにはある。微笑んで頭を下げ、聞き返されたことには答えずに私は歩きだした。人の良さそうな教授だった。隠しているわけではないが、だからこそあまり深く話すと厄介なことになりそうだ。クラスメートの少女たちに、話さないのと同じ。休みの時間ごとに禁書を読んでいるだなんて、知られたら何と止められるか。


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