わかろうとしなかったんだ。


君の気持ちなんて、全然。

結局、俺は自分のことしか考えてない。




















ガラリと生徒会室の扉を開ければ、そこにいたのは北見先輩と武蔵だけだった。



「…――あれー?」


「なんですか?日高」

「……どうした?」




俺の発した間の抜けた声に、二人は不思議そうな表情を浮かべる。

二人のそんな表情を無視して、彼らの手元をちらりと見れば、ちょっと厚い資料の束。以前はあの編入生の湊を追い掛け回すのに夢中で怠っていた生徒会役員として仕事をこなしていたようだ。あ、俺だって最近は仕事してるんだからね?サボり多いけど、さ。



仕事をしにきたわけではないのだけれど、俺は入り口にいるのもなぁ…と思い仕方なく自分の席へとつくと、空席のそこへ視線をやる。



「あの…、会長は?」


「まだ来ていないようですけど?」





俺の疑問は北見先輩によってすぐに解決されてしまう。

そうか、まだ来てないんだ。



「あ、そう…」




口をついたのは、そんなおざなりな返答。北見先輩が眉をひそめたのがわかったけど仕方ないじゃん。


安心したような不安なような、とにかく複雑な気持ちが胸をぐるぐると駆け巡って、苦しい。会長がいない。ならば、あいつはまだここには来ない。あいつが用があるのは会長だから。会長が来たら、あいつもここに来る……はず。だってそろそろ、公演だったもんね?報告しに来るの、今日だったはずだし。





「ねぇ、武蔵ー。演劇部が公演について報告しに来るのって今日だったよねぇ?」


「ん」






俺の質問に短く返した武蔵。俺は確認がとれただけでいいので、この際返答の短さは気にしない。今日だったか、今日じゃなかったか、それが重要なのだ。





あいつが……美作が、来る。


それが今日なのだ、と。







「はぁ…」



ため息をついて机に突っ伏す。資料とかプリントとかがぐしゃってなったかもしれないけれど、今は気にしてらんないしー。チャラ男で遊び人でイケメン。そんな感じで人気で有名な俺は件の演劇部の美作について悩んでいるのだ。ものすごーく。マジで。

(これって珍しいことなんだからね?)



会いたいけど、会ってどう話したらいいか、よくわからなくて。



あの日泣かせたことを、俺はすごくすごく引きずっていて。



いつも抱いてきた奴らとは違う反応を見せた美作。彼は俺の予想を裏切った。


いつものように、ワガママや無理難題をふっかけたときにみせる困ったような苦い笑い。

美作はそれを見せてはくれなかった。







……俺は、なんでかそれにひどく動揺していて。





とにかく、わからないなりに考えて思ったことは、俺にとって美作はやっぱり他とは違う存在であることで、それは確かで。

その感情は会長がさがみんに抱いている、所謂『愛』なんてものと似ているのかもしれない。

でも、結局のところ俺にはわからない。




だって、俺が思う恋心は湊に対して抱いた、甘くて、なんだかふわふわしてるような気持ちなのだ。

しかし、美作に対して抱いているのはそれとは真逆に近い。ひたすら構い倒してやりたくて、からかってやりたくて、あの困った笑みを見たくて。

……加虐的な感情を多いに含んでいる気がする。




だから、わからないのだ。


美作に執着する自分がわからない。




こんなにも悩むなら、悩むことを放棄してしまえばいいのに、それさえできず。

つまり、それだけ美作のことをこのまま放置することが俺にはできないということで。




ならば、さっさと美作へ謝るなりなんなりすればいいのに俺はそれもできないでいる。


そのまま今日まできてしまったため、最終手段として演劇部の公演の報告に来る美作を待ち伏せしようとしているわけだ。




とゆうか、謝りたくてもできなかったわけじゃない。正確にはさせてもらえなかったのだ。






「……あの態度はキツいよなぁ」







俺はここ3日間、美作と一言も喋ることができずにいた。俺がせっかく、会いたいけど、何を言ったらいいのかわからない状態の中とにかく謝るべきだと判断したのに。






謝れなかった理由は簡単。

美作が俺を避けている。






最初はあの日、美作を抱いた翌日、廊下を歩く美作が見えたので慌てて声をかけようとしたら、美作が脱兎の勢いで逃げ出したのだ。唖然としたのもつかぬ間、急いで追い掛ければ彼は全力失踪で走りだし、最終的には部員以外は立ち入り禁止のお触れがさがみんから出ている聖域・部室に逃げ込んだのだ。籠城ってやつだね。


そんな美作のその行動に俺は、そこまで徹底的に逃げるの?と、悲しく思うと同時にちょっとだけ苛立ちもわいたわけ。




だって、今まで普通だったのにいきなり避けるとかないでしょ?しかもすげー徹底的だし。部室とか卑怯だ。



いや、自分が種を蒔いたってことは理解しているよ?

だけど、さぁ…。






避けられるなんて、思わなかったから。


なんだかとても、淋しくて。




原因は自分の行動にあるってわかってるのに、認めたくなくて。でも、謝りたくて、仲直りしたくて。



いつものような美作の顔が見たくて。





あの日見た、傷ついたと言わんばかりに歪められた表情が、脳裏にこびりついて離れないから。



それにひどく不愉快な感情を抱き、胸が苦々しいような騒めきを覚えてしまう。

所謂、苦しい。辛い。


そんなところ。






その時ガラリ、と思案を重ねる俺のもとに扉が開かれる音が届く。


パッと机に突っ伏していた顔をあげ、生徒会室の入り口を見れば、そこにいたのは会長。なんだよ、美作じゃないのかよ。

(そもそも、美作は会長が来なけりゃ生徒会室になんてこないだろうけど、さ。俺の待ち人は美作なのだ。残念がるのも、仕方ないでしょ?)



会長はなんだか気難しい顔をして、自分の席に向かう。その手には一枚のプリント。ここからじゃ文字は見えないし、内容なんてわからないけど仕事か何かだろう。てか、なんで会長はあんな眉寄せて難しい顔してんの?いかにも悩んでるような感じだし。いやむしろ、こっちがそういう顔をしたいんですけど。なんなの?さがみんに何か無理難題でも言われたわけ?ま、聞きたくないけどね。会長の惚気話なんて心底どうでもいいけどさ。問題は美作がいつここに来るかなんだから。



しばらくの間、生徒会室には単調な音が響いた。

北見先輩が資料を捲る音、武蔵がペンをはしらせる音、俺が携帯を弄る音、会長がコツコツと机を指で叩く音。



そうしてやがて、会長が大きなため息をつくと彼は沈痛な面持ちで口を開く。



静まりかえった生徒会室で。




「悪いけど…、北見と武蔵は少し外に出てくれないか?」


「は?なぜですか?」

「………」





怪訝そうな表情の色が濃い北見先輩に対し、武蔵の反応は薄い。いつもだけど。




だけど、一番驚いていてしまい、反応が薄かったのは俺。



だって当たり前でしょ?


まったく予想だにしてないところに、会長から使命がきたんだから。





「頼む。日高に……大事な話があるんだ」


「…僕らが聞いてはいけない話、ですか」


「あぁ」





真剣味を帯びた目で会長は北見先輩へと頷いてみせる。北見先輩はちらりと俺を一瞥するとどこか呆れたように首を振る。




「…まぁ、なんとなく理由は察しました。しっかりお灸を据えてくださいね」


「悪いな」


「謝るべきなのは日高ですから。武蔵、しばらく校内の見回りに行きますよ」


「…ん」





当事者である俺を置き去りに、会長と北見先輩は会話を進めてしまう。俺の言葉を挟む余地さえない。というか、展開についていけてないだけだけど。

武蔵はそんな俺をじっと見つめてから、元気づけるようにポン、と頭を一撫でして生徒会室を北見先輩と共に出ていった。






俺と会長。


嫌な気持ちになる、二人っきりの生徒会室。





「で、日高。単刀直入に聞くぞ。―――…美作と何かあったのか」


「何それ。いきなりなんなのー?」





ふざけたように咄嗟に言い返して自分のいつも通りの態度を保つ。

しかし、心は騒めいていた。




なぜ、会長が美作と何かあったなんて……、知っている?





俺はあの日のことを誰にも話していないのに。




ひたと見据えてくる会長から、目が逸らせない。ぎゅっと拳を握り、俺は言葉を選びながら話しだす。



冷静に、なろうとした。


自分がなぜこんなにも動揺しているのかさえ、考えずに。



「会長、何言ってるの?」


「そのままの意味だ」


「……俺が美作に何かしたりとか、絶対ないし」





背中を汗が伝う。

なぜか上手く口が回らない。


吐いた嘘が、メッキのようで。




「嘘を吐くな」




真っ直ぐに俺を見つめる会長を前に、そんなメッキはすぐに剥がれ落ちた。



「なんで嘘だって言えるの」


「動揺してんの、丸分かりだぞ。1日2日の付き合いじゃないんだ。それくらいわかる」



一つしか歳が違わないのに、やけに大人びた表情で言う会長。


不憫だし、ちょっとヘタレなところもあるけどやっぱりこの人は会長なんだよなぁ、なんて改めて実感。


だけど会長の次の言葉に、俺のそんな実感は吹っ飛ぶ。




「ま、何があったかって言うのは……実は知ってるんだけどな」


「―――えっ!?」




ガタン、と椅子から立ち上がる。


え、え、え?知ってる?
なんでどうして意味わかんない。




「このプリント、相模が俺の教室に来て渡してきた。美作が生徒会室には行きたくないみたいだからって。そんで怒り狂ってたぞ『半殺しでも足りない』ってよ」


「………みまっち、なんで来たくないなんて」


「相模が言うには……泣いてたらしいぞ、美作」


「なっ」





目眩がした。


また、美作は泣いたのか。

あの日俺の部屋を出ていった後も。




言葉もない俺に、会長はさらに追い討ちをかけてくる。


ひどく、真剣な口振りで。


「好きでもない奴に抱かれたら泣くだろ。そんな奴には、会いたくないだろ」


「―――っ」




核心という名の真実。

言われた言葉に、俺は弁明することも忘れて息をのむ。



だけど、次の瞬間その反応が悪かったことに気付く。


「その反応、図星か」


「――!!…会長、まさか…、鎌かけたの?」


「当たり。相模は美作が泣いていたってことしか言わなかった。……美作と生徒会で結び付けられるのは、お前だ。そんで、美作が泣いてたってことと近頃のお前の変な態度。総合的に考えて何かあったって気付くだろ」


「でも、だからってなんで抱いたとかわかるわけ?」

「お前=手が早い。何かあったとしたらそれしかないと確信してた」


「……何それサイテー」


「お前のやったことの方が最低だバカ」




会長の言葉に、ちくりと胸が痛む。


気付きたくなかった、気付いてしまった。



俺が美作に抱いているのは、今まで感じたこともなかった罪悪感だ。





「自分が一番最低だって、わかってるよ……」





嘘。

本当はわかってなかった。

わかってないくせに、謝ろうとしてた。



今になって、わかる。





俺は結局、何が美作を泣かせたかなんて考えもせずに謝って逃げようとした最低野郎だったってことが。



――――――――――――

嘴が黄色い


(人の気持ちを考えなかった俺は、結局未熟だったんだ)

 

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