非王道話の続編。相変わらず何やら続きそうだから困ったもんだ。
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会長の手をとった俺はそれから大変だった。
勝手に動く口と身体。
意味不明な美形共の求愛。
どこかおかしな学園。
そんなデンジャラススクールに放り込まれた俺を救い出してくれそうな御方こそ、この青柳学園の誇る生徒会(※美形集団)の会長様。
一ノ宮数馬と呼ばれる御方。
勝手に動く口と身体にイライラしていた俺が、自分の意志で自分を統制できるようになったあの後、俺は会長から凄まじく腹立たしいことを説明された。
曰く、この青柳学園は『神様』がいる。
曰く、その神様が求める姿に今青柳学園は変わってしまっている。
曰く、神様は編入生である俺を学園の人気者たちとイチャつかせたいらしい。
曰く、最終的には会長…つまり一ノ宮数馬と結ばせたいらしい。
そして一通り説明した会長がため息まじりに呟いた。
「……俺だけ、なぜかあいつの影響をうけないんだ」
そしてそんな会長は実は陰陽師の家系らしく、それが原因で影響をうけないのだと会長は推測したそうだ。
そしておそらく、そんな会長の影響から俺にかけられた神様の術は会長といると一時的にとけ、俺の意志が身体に戻ってきたのだろう、と。
そして最後の最後に会長は微妙な顔で言い放つ。
要約してしまうと、事態はたった一言ですむ。
『神様の戯れ』だ、と。
………ふざけんな。
そして再度2人で協力しあうことを誓い、このふざけた学園を元に戻そう……もとい、俺の安心学園ライフを手に入れようと固く手を握りあった。
それが2ヶ月前。
「なんでお前ら親衛隊にそんなこと言われなきゃいけねーんだよ!お前らがそんなんだからあいつらに友達ができねーんだろ!」
俺は今、校舎裏というベストオブ呼び出し場所にいたりする。
「うるさい!僕らに何か言う前に、お前は鏡を見てから意見は言いなよね!この平凡!」
「とにかく!生徒会の皆様にはもう近寄らないでよね!」
もちろん、そんな場所に相応しく俺は呼び出しを受けていたりするわけで、相手は可愛い顔を怒りで歪めたちっこい少年達。いわゆる親衛隊。
「これは忠告じゃなくて警告だから!今後もお前が生徒会の皆様に付き纏うようなら容赦しないんだからね!」
散々文句を撒き散らした親衛隊は最後にそう言い捨て、俺の意見なんて聞く耳を持たずにその場を去って行った。まぁ俺も口が勝手に動き、KYな反論ばっか言い捲ったからお互い様ってやつだと思うよ。ホント。会長がそばにいない俺は、本当の俺ではないと思ってほしいところだが。
すべては奴のせいなのに。
ずるずるとその場にしゃがみこむ。誰もいないここでは、俺の意志で俺の体は動いてくれた。先ほどまで親衛隊がいたせいで俺の体と口は勝手に動きまくったので俺は今、精神的に疲れているのだ。ものすごーく。
今、口を開いたら意味のない罵倒が飛び出しそうだ。そんな、気分。
そのとき、最低な気分が胸を満たしていた俺の耳に、忌々しい奴の声が聞こえてきた。
『明日ありと思ふ心のあだ桜夜半に嵐の吹かぬものかは』
歌を詠むその声は、俺が学園に来て初めて耳にしたもの。
そして同時に俺をこんなふうな状況へ貶めた最低最悪な『神様』のもの。
「……でやがったな、てめぇ」
『平和な日々が懐かしいかい?でも、人生は無常。世は常に変化していくものさ。だから諦めなよ』
睨み付けるように目の前に現れた自分と同じく平凡な少年を見やると、彼は愉快そうに目を細めただけ。
まったく俺を気遣いもしない少年は、この学園の生徒を思いのままに操れる『神様』だというから忌々しい。
一ノ宮会長の元以外、人がいる時には勝手に動きだす自分の体と口が嫌で、その状況から逃れたい俺は、俺をそんな状況に追い込んだ『神様』との会話を重要視している。
「さっきの、どういう意味だよ?」
だから、咄嗟に質問を繰り出した。
たとえどんなに忌々しくともこの『神様』から解放されなければ俺の意志で動くことなんてこの学園ではできない。
せめてこの術から学園を解放する方法を会話することで『神様』から教えてもらうか、自分で模索するしかない。
『神様』は笑顔で俺の質問に答えてくれた。
『明日もこの桜は美しく咲いているだろう。だから明日もまた見ようと思う気持ちの、なんと頼りないことでしょう。儚い桜を散らす嵐が、夜中に吹いてしまうかもしれないのに。そういう意味。変わりゆく世の中の無常を嘆いてるんだよ』
「………」
『作者は伝親鸞。綺麗な和歌だよね』
そう締め括ると、『神様』はふと笑みを消して首を傾げた。
『変わってしまうのかな』
「は?」
『いつかこの気持ちも、消えてしまうのかな』
それは質問というより、独り言のような言い方だった。
そうしてひとしきり何かを呟いた『神様』はやがてまた笑みを浮かべる。
『おや、王子様のご登場みたいだ』
「葉月!大丈夫か!?」
『神様』の言葉に重なるようにして聞こえたのは、俺がこの学園で唯一頼れる存在である一ノ宮会長の声。
声の方へ振り向けば、息を切らして走ってきた一ノ宮会長がそこにいた。
「会長!どうしてここにいるんすか!?」
「そこの出たり消えたりする神出鬼没野郎がちょっと前に俺の前に出てきて、葉月が親衛隊に呼び出されてるって言われたから、慌て探したんだよ!なにもされなかったか!?」
「な、なにもされてないっす!」
「よーし、なら大丈夫だ。つまり、親衛隊の処分っていう俺の仕事もないわけだな」
『ちょっと会長くん。まさか、王道くんよりも仕事の心配してたのかい?』
『神様』が不服そうに一ノ宮会長に尋ねる。俺もちょっと思ったことだが、一ノ宮会長の返答なんて分かり切っている。
「あたりまえだろ。そもそも、葉月だって男なんだからあんなちっこい女男どもにピーチクパーチク言われて、めげる奴じゃないだろうしな」
『……やっぱり君って本当に厄介な存在だね。君がおとなしく僕に操られてたら、今頃、君と王道くんはしっかり愛を確認していたかもしれないのに』
「「そんなのお断わりだぁぁぁああ!」」
思わず俺まで一ノ宮会長と共に強く拒否を声高に叫ぶ。
一ノ宮会長は『神様』の術にあらがえる唯一の存在だ。だからこそ、彼は『神様』の作ろうとしている運命とやらを怖そうと必死になっている。
だから、彼は俺を、お姫様扱いしない。この学園の美形共と同じように、蝶よ花よと扱わない。過保護に甘やかすことはせず、ずっと俺と共にいることはせず、彼は彼で学園の資料をあさり『神様』への対抗策を探し、俺は俺で『神様』と話ながら『神様』が解放してくれる方法を模索しているのだ。
あくまで、俺と一ノ宮会長の関係は『先輩と後輩』であり『協力者』。
恋愛的な要素はまったく断じて含まれていない。
『ま、いつまでそんなこと言えるか見物だよ。せいぜい無駄なあがきをしてればいい』
俺と一ノ宮会長の拒否を目にしてもなお、『神様』は悠然と微笑みを浮かべるだけ。
そうして彼は『それじゃあ、またね』と口にして、忽然とその場から消えてしまった。
残されたのは俺達二人。
「とりあえず、……お互いなにかわかったことでも報告しあおうか」
「そうっすね…」
妙に脱力感が襲う中、俺は力なく一ノ宮会長の言葉に頷く。
そんな俺を、一ノ宮会長は眉目秀麗な顔に困ったように笑みを浮かべながらみつめて、謝罪を口にする。
「ごめんな」
「なんで会長が謝るんすか。会長は全然悪くないっすよ」
憮然としながら言い返せば、会長は少しだけその綺麗な顔を俯かせた。
「いや、俺の家系が今回みたいなことを招いたかもしれないから。お前にも、……学園にも迷惑かけてるよなぁって」
「会長……」
寂しげにとつとつと語りだした一ノ宮会長に俺の胸は同情のような悲しさで締め付けられる。
どうにもこの会長は、自分の家系に、血に、負い目があるらしい。
この2ヶ月、それなりに会話をして気付いたことだが、威厳があり、しっかりしているようでこの人は弱い。常になにかしら災いがおこれば自分のせいではないかと疑っているようだ。
どうやら、それほどまでに一ノ宮会長の家系は様々なものを、しかも主に災いを『引き寄せて』しまうらしい。それは、一ノ宮の家系が災いを防ぎ、払う力を持っているからだと言う。
「俺なら、大丈夫っす。それに、『神様』はそれほど悪い奴じゃないですし、学園もそれほど迷惑だと思ってないっすよ」
「葉月……」
「それに、いざとなったら会長の親戚の方達が災いを払えるんすよね?なら、全然大丈夫じゃないっすか」
「……まぁ、最終手段だけどな。親戚連中に頼るのは」
ふっと笑う一ノ宮会長。その顔に先ほどまでの憂いはない。
それに少しだけ安心して、俺は今までずっと思っていたことを口にする。
「てゆーか、今どきマジで陰陽師とかそんなんあるんすね。最初聞いたとき、だめだ、この人…早くなんとかしないとって思ったっすよ」
「世の中お前ら一般人が知らないことばっかだからな。それに一ノ宮家は表には多くの政治家を輩出してる家って感じだし」
自分も将来はそんなふうになるんじゃないか、と一ノ宮会長が言う。
レールにしかれる人生だな、とそんな一ノ宮会長に対して思った。
もしかしたら会長は本当はそれがいやなのかもしれない。
決められた未来、それは今、俺達が直面している『神様』が作る運命とやらにとても似ているではないか。
俺はじっとりと嫌な思考を振り切るように首を振るう。どこかから、それを見た『神様』がクスクスと笑う声が聞こえた気がして妙に胸が騒ついた。
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続編希望者がおりましたのでお蔵入りだった続編を。
(20110330)
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