やがて椎那はまたも腕時計を確認すると、泣きそうな表情を浮かべた。
「なぁ、七瀬。どうしてかな?」
辺りを満たす、静かな空気を椎那が壊す。
「どうして…俺なのかな?」
「―――…」
それは椎那の、初めて言った泣き言だった。
死んでから言うなんて、ずるい。どうやったって俺には慰められない。
だって、俺は生きてる。
「何で俺なのかなぁ?どうして俺だけ進級も、卒業もできないんだよ?……大人に、なれないんだ?」
「椎那…」
「わかってたけど、辛かった。この三日目、苦しかった。だって俺は止まったままなのに、みんなは成長してる。変わってるんだ…」
「……」
「昔は当たり前だったのに…眩しかった。全部、眩しかったんだ。……俺にはない、みんなには未来があった」
椎那はそう言って肩を震わせる。
泣いているんだ、そう思って、何かを言いたくて口を開いて、閉ざす。今、何を言っても遅い。遅すぎた。
「七瀬…っ俺、大人になりたいわけじゃなかった…っ。けど、お前と和志と……もっと一緒にいたかったよっ……」
心が破けて色々なものが涙と言葉になって、椎那から流れ落ちているような気がした。
闇夜に泣く椎那は一人で、とても寂しそうに見える。
だから俺は、堪え切れずに椎那を抱きしめたんだ。
強く。
強く。
だってそうやって止めなきゃ、椎那が壊れてしまいそうに見えたし、何より、一人で、一人のままで、最後を椎那に迎えさせたくない。
椎那は、俺の腕の中で震えていた。
「俺…死にたくなかった。……っ…死にたくなかったっ!!」
「……うん」
「……もっと…生きたかった!」
「…、うん」
そうして椎那は俺に笑みを見せる。
綺麗な、綺麗な。
俺の胸を強く打つ笑顔。
「…なぁ、七瀬。お前は生きて…俺の分まで、生きなきゃ許さねぇ……っ!そんで、そんで……“ ”」
蚊のなくような、小さな声で椎那が最後に囁いた言葉を、俺は忘れはしないだろう。
たぶん、一生。
椎那は最後まで椎那で、優しかったんだ。
「…あ…」
「椎那?」
「もう、お別れみたいだ…」
そう言って、離れていく椎那の腕を掴もうとして…できなかった。
淡い光が椎那を包んでいる。
突然すぎて声にならない。
嫌だ。
行くな。
ここにいろよ。
何を言っても、もう無駄なのに。
『生と死が二人を別つ』
そんなフレーズがどこかにあったことを思い出す。
近くて、遠い。
もう俺と椎那は離れている。決定的に。
「……さよなら、七瀬。俺は幸せだった」
そう儚く笑って、椎那は消えた。
後に残ったのは残光と僅かな残り香。
手を伸ばしても、そこにはなにもない。
何も、ないんだ。
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