そうして訪れた、『黄泉の日』三日目。
最終日。
昨日、あれから家に帰ってそのまま寝たら、夕方になっていた。
一日があれほど短いと感じた日は、昨日以外にないだろう。
明日が最後、と。
そう思った夜は胸が締め付けられるくらい切なかった。覚悟は、できている。
椎那の『死』に、俺はやっと向き合えそうだ。
そうして、そんなことを考えていれば、朝っぱらから椎那は突然訪れてきた。
もちろん、俺の家に。
最後だなんてこちらに感じなさせないくらい普通に喋り、ゲームをして、昼飯も普通に家で食べて、ちょっとだけ勉強をみてもらって。
「もう受験生なんだから、しっかりしろよ?」
椎那が困ったように言うものだから、そういえば彼は、もう俺の隣にはいられず明日には本当にいないのだと、二度と勉強をみてもらえないのだと、実感して。
胸が痛かったけれど、俺は椎那の顔を見てしっかりと頷き、勉強をすることを誓った。
そして夕方になって、本当にあっさりと椎那は帰ってしまった。
椎那が俺に言いたいことなんて、全然わからないまま。
最後だったのに、俺も普通に見送っただけ。
さみしい?
さみしい。
わからない。だけど心は凪いだように落ち着いていて、いつか見たはずの夕日のように穏やかなだった。
でも、
もう、椎那は……―――。
―――――――――――…
―――――――…
――――…
――…
…
コツン、と音がして目が覚める。
俺はあれから普通に、…本当に、普通に過ごして夜になって眠った。
椎那のことは、覚悟はできている、と自分に言い聞かせて。
確認をすれば、時刻は11時30分ちょっと過ぎ。携帯電話の時計は正確にその数字を出していた。
コツン、とまた音がする。
体を上体だけ起こすと、また音。
どうやら音は窓から聞こえてきている。
―――…何か、あたってる?
不思議に思って、ベッドから出て窓へ近づく。すると、コツンとあの音がしたので俺は一気にカーテンを開き窓をあけた。
………。
……。
…。
「こんばんわっ。七瀬!」
窓の外にいたのは、にっこりと笑う椎那だった。
俺が呆然としていると、手招きを椎那がする。半ば放心しつつも上着をひっ掴み外へと向かう。玄関でサンダルを履いて、アイツの元へ。
アイツは、…椎那は、先ほどと変わらずにこにこと笑いながらそこにいた。
「椎那…なんで」
「どうしても、最後に七瀬に会わなくちゃいけなかったから」
戸惑いながら訊ねれば、即答の早さで椎那は答える。
「とりあえず、七瀬。これ、あげる」
「……?」
そう差し出されたのは白い封筒。
訝しみながらも、俺はそれを受け取る。
「それ、0時になったら開けてくれよ」
その封筒をすぐに開けようとすれば、椎那が苦笑しながらそんな俺の早まった行動を咎めた。
そうして、しばらく黙って彼を見つめていれば、やがて長い長いため息をこぼして、口を開く。
「俺ね、七瀬にも…和志にも秘密にしてたことがあったんだ」
「……秘密?」
「そう。秘密」
そこで椎那は言葉を切る。
自分の腕に巻き付けていた腕時計をちらりと見て、椎那は急いで俺に視線を戻す。
椎那は、やけに澄んだ瞳を俺に向ける。
「俺ね、和志がずっと好きだったんだ」
その言葉に、何故か息が詰まった。
「…、好きって…」
「うん。恋愛感情」
「っ……」
またしても、椎那の言葉に俺は喉が絞められてるかのような錯覚を覚える。
和志も椎那も、男同士だとか。
椎那は同性愛者だったのかとか。
そんなことよりも、俺の心の奥で騒ぐ声がする。
聞きたくない。聞きたくない、と。
だけど椎那の最後の言葉を聞き逃したくはない。
そんな矛盾が胸を満たして。
椎那は俯き、言葉を続けた。
「昨日は、な。…七瀬が帰った後、和志に告白したんだ。俺」
「……それで?」
恐々と、震えながら聞けば、椎那は俯いていた顔をあげて、綺麗な笑顔を見せる。
だけどその笑顔は、椎那自身の放った言葉と共に崩れる。
「返事、聞かなかった」
「えっ…」
「聞かなくても、わかってたから」
何故か俺はその事実に安堵して、そうしてひどい罪悪感に襲われる。
なんで椎那が両思いじゃなくて、悲しんでるのに…俺は安堵なんてした?
「俺ね、死んでから一番後悔したんだ。和志に気持ちを伝えなかったことと、七瀬に秘密にしてたことに」
「あぁ……」
「和志に好きな人がいるって知ってたから言わなかったのにな。――なのに、後悔とか…馬鹿みたいだ」
泣き出す直前のような声で、椎那は言葉を紡いでいく。
俺はそれを聞き漏らさないよう必死で聞いていた。
胸が痛くても、心が聞きたくないと拒んでも。
ずっと聞き続けた。
「七瀬…、和志をよろしくな」
そう椎那が言葉を締め括るまで、ずっと。
わかった、と頷いてやれば、椎那は淋しそうに微笑んだ。
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