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「で、緑川。この男はなんなわけぇ?」



あれから、冷や水をぶっかけられたかのように理性を急速に取り戻した僕と黒瀬さんは、なぜか2人っきりの個室だったのはずなのに、奴らに不法侵入をうけていた。

てゆうか、奴らは常識がないんじゃないだろうか。普通、知り合いっぽい声が聞こえたからって個室に入り込むだろうか。図々しすぎる。



「緑川ぁ……空気のくせに、偉そうにシカトしてんじゃねぇしぃー」

「シカト?いえ、シカトなんてしてませんよ?」

「はぁ?じゃあ質問に答えりゃいいじゃん」

「だから、なんで僕が桃城さんに友人の名前をあかさなくちゃいけないんですか。他人のプライバシーなので答えかねます」

「名前くらいでごちゃごちゃうぜぇんだけどぉ」

「それはこっちのセリフです」

「うっぜぇ。早く吐けや!ごるぁ!」

「はぁ…、桃城さんみたいなカマ野郎に巻き舌ですごまれても、怖くともなんともないですよ?いい加減その般若みたいな変顔、やめたらどうですか?」

「てめぇが質問に答えりゃいい話なんじゃ、ぼけぇっ!」

「桃城、落ち着け!そんな喧嘩腰だから、緑川も口を割らないんだろ!」



泥沼の罵り合い発展しそうな僕と桃城さんを、赤星さんがそう言って仲裁してくれた。しかし、赤星さん。口を割らないって俺を評したってことは、貴方は俺の口を割りたいわけか。


チラリ、と思わず対面に居心地悪そうに座っている黒瀬さんを見る。視線をオロオロさせるその様子は、とくに赤星さんや青木さんに反応しているようではなくて、まるで詮をゆっくり抜くようにホッとした。



よかった。彼が赤星さんを見ていなくて。



じわじわとした嬉しさと、確実にそれに付随する後ろめたさ。両方が胸にあって僕は無意識に心臓あたりを胸で押さえる。


嫌な奴だ。そうため息をつきたくなる。



そんな僕の憂鬱をよそに、赤星はさもいいことを思いついたかのように手のひらを叩いた。


「そうだ!緑川、俺達がお前の友達に自己紹介しないで名前聞いたのは、たしかに悪かったよな!てか本人に聞けばよかったよな!」

「え、ちょ」


そういう問題じゃねぇよと、言う隙はなかった。


「はじめまして!俺は赤星!ほら、お前らも!」

「桃城。あんた、緑川の友達なんだよねぇ?……嘘だったらぁ………わかってるよね?」

「ちっ……黄戸だ。別にお前が緑川の友達だろうがなんだろうが、俺は気にして、ねぇ……し!」

「…………青木だ。ずいぶん緑川とは仲がいいようだな」



いつも通り意味わかんねぇカマ野郎と、ちょっと怖い黄戸くん。そして普段通りだが、どこか意味深な目で黒瀬さんを見つめる青木さん。


そんな三人の視線を一挙に受けた黒瀬さんは、内心ハラハラしている僕に対して、安心させるかのように目配せしてみせると、完璧な笑みを浮かべてみせた。



「はじめまして。俺は黒瀬。緑川とは仲良くさせてもらってます」

「黒瀬……?まさか、あんたが緑川の言ってた社長…?」


黄戸くんが難しい顔で呟くと、いつも目障りな桃城さんがああ!と声をあげた。今日は耳障りでもあるな。こいつ。


「あんたが、緑川の援交相手かぁ!」

「おいカマ野郎。なに失礼なことほざきやがるんですか」



頑張っていた黒瀬さんの顔面を、イケメンスマイルから微妙な表情へと変えさせてしまった桃城さんの発言に、僕が間髪容れずにそう言うと、赤星さんが顔をしかめる。



「援交……?」

「いやいや、赤星さん。誤解しないでくださいよ?僕と黒瀬さんは友人ですから!ただの飲み友ですからね!そこにあるのはただの超健全な友情だけですからっ!てゆうか僕ら、男同士!」

「お、おう。そうか」


僕の剣幕に若干引き気味になる赤星さんに、胸を撫で下ろす。

赤星さんに黒瀬さんを悪い奴と認識させたくなかった。

それは、黒瀬さんへの些細な罪滅ぼしかもしれない。

先ほど、黒瀬さんが赤星さんに特に反応していなくて安心したように、友人以上の気持ちを抱いて嫉妬なんてしてみせる、罪滅ぼし。


ああ、ままならない。


そうやってちょっと自覚して落ち込むが、視界の端に挙動不審な黒瀬さんが見えてしまい、僕は落ち込んでいられなくなる。


「……なに、なんですか?」

「あ、え、緑川って男同士とか気にするタイプだったのか?」

「いや………別に。気にしてたら黒瀬さんの相談なんて聞いてあげませんよ」

「あ、そうか。そうだよな……ははは」



なんだか引きつったように笑う黒瀬さんを僕は怪訝そうに見るが、その時、この場で最も口数が少なかった青木さんがため息をつく音を耳が拾ってしまう。


視線をそちらに向ければ、青木さんは氷のような美貌を持つ顔に、こちらが凍えそうな無表情を浮かべており、背筋が瞬時に冷えた。僕は、何かしたのか。


黒瀬さんもそんな青木さんに気付いたようで、青木さんとタイプの似た綺麗な顔をさっと無表情にさせた。

異様な空気の中、青木さんが口を開いたのがやけにスローモーションに僕は見えた。



「いつまで、お前は茶番を続けるつもりだ」



嫌だ。この人、知ってる。

言葉少なに、僕は頭の中で理解する。

青木さんの冷たい目の理由も、何もかも。そうだ。だって青木さんは、僕らハイカンジャーの副リーダーで、参謀で。



黒瀬さんと同じように、赤星さんが好きで。



だから、きっと。彼も黒瀬さんと同じ。敵のことは知り尽くしていたんだ。



「黒瀬。何を企んでるのか知らんが、赤星に付き纏うのに飽き足らず、俺の仲間にまで手を出そうとはしないでもらいたいものだ」

「青木……?それ、どういことだよ……」

「赤星、お前は知らなかったかもしれないが、こいつはお前にずっと付き纏ってた。怪しかったからな、俺は独自に調べてみたんだ。この男のこと。そうしたら、驚いた」



言わないで。言わないで。言わないで。言わないで。警告みたいに頭でそんな言葉が鳴り響く。ぎゅっと何かが胸を締め付ける。










「こいつは、黒瀬カンパニーの代表にして、俺達の敵……ブラック団の総帥だ」







正義とか、悪とか。



そんな目に見えないものの形を、僕は見たくなんかないんだよ。



 

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