青木さんの発言は、個室の空気を殺伐としたものに変えた。
赤星さんが目を吊り上げ、青木さんから視線をそらして黒瀬さんを睨む。
「総帥だって!?まさかこいつ、緑川をまた人質にとろうって魂胆か!」
「ち、違いますよ!黒瀬さんはそんなんじゃ……てゆうか、赤星さん、僕が人質にとられてたの気付いてたんですか!?」
「当たり前だろ!?仲間がピンチだったんだ、リーダーなら気付くのは当然だ!ただ、お前が何事もないふりして帰ってきたから、何があったか聞かなかったんだよ!」
「てゆうかぁ、そんなんはどうでもいいからぁ!なんで緑川はいつも狙われるかなぁ。敵にばっかり……。緑川、まさかなにもされてないよねぇ?」
「黒瀬てめぇ……緑川に手ぇ出してたら、タダじゃおかねぇからな!」
不覚にも、こんな場なのにうっかり感動しそうだったのは、普段空気扱いばかりで仲間だなんてちゃんと言われたことがなかったからだと思う。
そういえば、青木さんも僕を仲間だと言ってくれていた。もしかしたら、黄戸くんや、桃城さんも僕をちゃんと仲間だと思ってくれているのかもしれない。
黒瀬さんと会っていた僕を、心配してくれているのかもしれない。
嬉しい。
だけど。
「……―――なにもされてない。なにも、されてませんよ……!僕は、この人と友達なんです!だから、この人を責めないでください…っ!」
黒瀬さんを庇うように急いで僕は詰め寄る赤星さんと、何を考えているのかわからない無表情の黒瀬さんの間に割り込む。
そうすると、赤星さんの瞳が怒りに揺らめく。
「緑川、どけ!そいつは俺達の敵。悪なんだよ!」
「関係ないです!そんなの、関係ない!僕らには、そんなの関係なかったんです!信じてください!この人は、本当に悪い人じゃ……っ」
その時、僕の口を塞いだ手のひらの冷たさを、僕はきっと、ずっと記憶し続ける。頭に、何よりその唇に。その陶器みたいに綺麗な指の感触を。
黒瀬さんの、手を。
「―――…喚くな、ハイカングリーン。なんとも呆気ない幕引きだが、ハイカンブルーの方が今回は上手だったようだ。お前を騙して内部情報を聞き出そうとしたが、悔しいことに、その策略は見破られてしまった」
例えるならば、毒のある雪。そんな声。
僕の聞いたことがないような、暗くて冷たい黒瀬さんの声。
驚きと拒絶で目を見開きながら仰ぎ見れば、僕の口を後ろから塞ぐ黒瀬さんの嘲笑を浮かべた顔が見えた。
「やっぱりな!緑川、そいつはお前を騙してたんだ!お前は、騙されてたんだ!」
「……っ!…っ……!」
「……ふっ、愚かだな。ハイカングリーン。敵を信用するなんて、愚の骨頂だ」
赤星さんの言葉に首をふって、黒瀬さんを訴えかけるように見つめるが、彼は嘲笑を崩さない。崩して、くれない。
嘘つき。
嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。
「―――…ふん。あくまで否定するか、本当に愚かだな。……その愚かさに免じて、俺だけでお前らを潰すことも可能だが、今回は見逃してやろう」
黒瀬さんがそう言うと、現実にはありえないはずの黒い風がその場に吹き抜ける。
その風の強さに思わずぎゅっと目を瞑れば耳元で吐息のように小さな呟き。
「ごめん。友達とか、無理みたいだ。あと、今日は奢れそうにねぇ」
本当に、嘘つき。
ふっと口を塞いでいた手のひらがなくなり、風が止む。パッと目を開き周りを見渡せば、そこに彼の姿はなかった。
「ちくしょう!逃げられた!」
「緑川!だ、大丈夫か!?」
悔しがる赤星さんと、心配そうに僕を伺う黄戸くんの声が耳朶を打つ。だけど僕はそれに反応せず、ストン、とその場に座り込む。
「緑川、どうした……?」
静かな青木さんの問いかけにも、僕は答えられない。
胸の奥で、小さな感情が膝を抱えて泣いている。寂しい、寂しい、と。
だからそれにつられて、僕まで泣いてしまうんだ。
「友達だって、あなたが言ったんじゃないですか………っ」
それなのに、友達とか無理みたいだなんて、なんで貴方が言うの。貴方が、どうしてそれを言うの。正義とか悪とか関係ないって言った貴方が。
END
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