そもそも正義の定義ってなんなのか。

そして悪とはなんだ。


法律を破ればそれは悪。まぁ、間違いではない。しかし、それは模範解答とも言えるが、逆に言えば頭が固い。


たとえば法律を破らなければならない事態がおこったら、どうすればいい。


自分や、愛するものを守るために犯罪を犯さねばならなければならなかったら。



そう考えると、正義と悪は実に曖昧だ。明確に決まってないからこそ、人はそれら2つについて真摯に向き合おうとするんだろう。


なんて、


そんな真面目なことを考えてしまう最近の自分。

原因ははっきりしている。ここ数ヶ月ほどずっと一緒に居酒屋で飲んでいる相手だ。

イケメン、社長、性格よし。
三拍子揃った、女の子的には優良物件。

そして何より、僕ら正義の味方の敵。


悪の組織の親玉。

黒瀬さんはまさにそんな人でいらっしゃる。びっくりだよね。ホント。




















「え……マジですか?」


「おう、大マジだ!」

「緑川なら祝福してくれるだろう?」




ハイカンジャーの事務所にて、僕は先程衝撃の告白をうけた。まさかのまさかだ。どうやってこの事実を黒瀬さんに伝えればいいのか。




「……青木さんと赤星さん…、付き合ってるんですか……」

「驚かせて悪いな!」

「男同士だから、なかなか言い出せなくてな」




驚いた。すごく、すごく、すごくすごくすごく驚いた。そして困った。

マジで黒瀬さんに何と言えばいい?


黒瀬さんは赤星さんが好きで、僕と黒瀬さんが会うようになった理由はそんな彼の相談(ほぼ愚痴)を聞くためだ。しかも、黒瀬さんは悪の総帥だけど、赤星さんが好きだから悪さをしない珍しい悪の総帥。



ヤバイよね。黒瀬さんにこれを伝えたら、世界が滅ぶかもしれない。あの人赤星さんのために悪さしないでいるんだもの。最近はまぁ、愚痴とか話さなくなったけど。多分、僕に遠慮っていうものをしているんだろうし、あのヘタレイケメンはまだ赤星さんが好きなはず。



ハイカンジャーはぶっちゃけ弱い。大型ロボットの運転は、教習所で習ったが実戦に出ていないのでもう運転できるか謎。他のレンジャーならまだしも、戦闘において、僕は雑魚敵にもスルーされる空気だから、敵と戦えない。戦闘力は0に等しい。



どうするよこれ。どうあがいても絶望じゃないか。今の僕らじゃ、ブラック団が全力を出したら終わる。終了のお知らせだよ。




あと、きっと。




きっと、黒瀬さんが失恋しちゃったら居酒屋で僕が彼の愚痴を聞くこともなくなるだろう。


それはちょっとだけ、寂しい。








さて、


僕はどうしたらいい。



「緑川…?」

「――あ、すみません。ぼーっとして」

「いや、いいよ。突然でびっくりしたよな。やっぱ」

「そういうわけじゃ……」

「ま!偏見持たないで、これからも仲間でいてくれれば俺はいいからさ!深く悩まないで、いつも通りでいてくれよな!」

「はぁ……」



心情的にはライフカードを眺めていた僕に、赤星さんは無邪気に笑いかけてくる。


あぁ、嫌だな。


赤星さんのことは尊敬してるし、仲間だと思っている。



ただ、黒瀬さんのことなんて何も知らないくせに、黒瀬さんに一途に思われて、なのに、青木さんと結ばれてこんなにも無邪気に笑える彼に少しだけ胸に正体不明のモヤモヤしたものを抱えてしまっただけ。






――――――――――――



「緑川……なんかあったのか、お前」

「―――え……」




赤星さんと青木さんの衝撃の告白を回想をしていたら、心配そうに黒瀬さんが僕を覗き込んでいた。


いけない。いけない。今は黒瀬さんの愚痴を聞く会inいつもの居酒屋個室。黒瀬さんに気遣われるなんてなんたる失態。



「別に」

「……お前は女王様か」



呆れた顔の黒瀬さんにホッとする僕はなんて滑稽なんだろう。そうやって誤魔化して、僕は黒瀬さんに決定的な事実を突き立てるのを先延ばしにしようとしている。

馬鹿みたいだ。

なんで、僕が恐れなきゃならないんだ。黒瀬さんの失恋を。


僕は、正義の味方らしく黒瀬さんがこのまま世界征服なんて考えないようにとか、あんまり真剣に願ってないし。そもそも正義の味方とか悪の組織だとか最近では気にしてない。

なら言えばいい。そうすればこんな妙な憂鬱を胸に抱えなくてすむ。放り出してしまえる。




でも、無理だ。


本当は、わかってる。




僕はひたすら、この居酒屋で黒瀬さんと酒を飲む一時をなくしたくないなんて、らしくない寂寥で言えないでいるんだ。


いつも脇役で、おとなしくしている僕らしくない。


こんなの。





こんな、感情。



「―――やっぱ、なんかあっだろ、お前」

「っ……なんで、そう思うんですか」




澄ました顔で僕を真っ直ぐ見つめる黒瀬さんに、僕は悪態をつきたくなる。むかつく。むかつく。むかつく。普段は情けないヘタレなくせに、こういうときばっか勘が鋭いなんて。なんでこの人はいつだって予想外なことしかしないんだ。それこそ最初に会ったあの日から。


ずっと、ずっと、この人はずるい。



「わかるっつーの。お前は俺の唯一の友達なんだからな」

「と…もだち?」



脱力しそうになった。友達。この人は何を言ってるんだろう。僕と彼は敵対関係にある組織にそれぞれ所属しているのに。

あぁ、でもそれは僕にだって言えることか。寂しいとか、そんな感情持つべき関係じゃないんだ。ホントは。



「馬鹿じゃないですか……。黒瀬さん、悪の総帥じゃないですか。僕、ハイカングリーンですよ。これでも一応」

「知ってる。けどよ、関係ねぇよ。悪とか正義とか、どうでもよくなった。そう言ったら、変か?」

「別に。だって、黒瀬さんは赤星さんが好きだし、好きな人のために悪の総帥って立場くらい捨てちゃいそうですし」

「馬鹿。赤星は今関係ねぇよ。てか、赤星のことはもう諦めたし」

「そうですか。諦めたんですか。それはよかっ…………え?」

「おい、よかったって今言い掛けただろ。どういう意味だ」

「いや、ちょっと待て。諦めた?」

「つか、告白する前に失恋した」




本日脱力二回目。まったく黒瀬さんは僕を脱力させる天才なんじゃないだろうか。



「……なんで失恋したって知ってるんですか!」

「な、なんでいきなり怒ってんだよ……」

「答えろよヘタレ」

「ヘタレって言うな。……この前、赤星がハイカンブルーに……」



少し俯く黒瀬さんに対しても、僕の追及の手はゆるまない。



「青木さんに、なんですか」



そうして、観念したように黒瀬さんは呟いた。




曰く、「……告白されて頷いてんの、見た」










うわぁ。







「ご愁傷さまです……」

「やめろ。哀れんだようなそんな目で見てくるな」



ああ可哀相で仕方ない。思わず涙が出そうになるくらい不憫な黒瀬さんに、同情の念が僕の胸に満たされる。


と、同時に疑問とちょっとだけ寂しさ。


「……じゃあ、もう黒瀬さんから……恋愛相談を受けることもないんですかね。なら、もうこの居酒屋とも僕はさよならなんですかねぇ……」

「は?まぁ、恋愛相談の件はそうだけどよ。だけど、最近お前に恋愛相談なんかしてなかったし、いつもとかわんねぇだろ。さよならとかお前何言ってんだよ」

「はい?」

「ん?」




駄目だ。噛み合わねぇ。



混乱する思考をなんとか落ち着かせて、僕は狭い居酒屋の個室で黒瀬さんに向き合う。



「つまり……この居酒屋での密会は続行するんですか?」


「当たり前だろ。……え、てか、ダメなのか?」





ダメなわけが、ない。


ダメなわけがないじゃないか。



僕はこの人と会う時間が、口にはしないが好きなのだから。




「……いい、ですけど。でも、理由がないですよ」

「理由はさっき言っただろ。お前は俺の唯一の友達なんだよ。酒飲むくらい付き合えよ」

「あぁ、そういう意味ですか。さっきの」

「そ、友人関係まで自分の立場とか関係ないと俺は思うしな」

「正義とか悪とか、ですね」




認識の齟齬がなくなれば、なんだかあっさりしたものだった。

妙な安心感を感じながら、僕は手元の温くなったビールを一気に喉に流し込む。「お、いい飲みっぷり」なんて言う黒瀬さんを尻目に。



「僕も……正義とか悪とか、どうでもよくなりました」




穏やかなこの気持ちはなんだ。

一緒にいれて幸せに感じるこの時間を、大切に思うこの気持ちはなんなんだ。



答えは、一つしかないだろ。目をそらしても、心はそれを許さない。



寂しいとか、思う理由なんてわかりきってるだろ。




「ま、そんなわけでこれからもよろしくな。緑川」




優しい笑顔のこの人は、悪の総帥。

凄まじいギャップだが、この悪の総帥は泣き虫でヘタレ。案外可愛いから困ったものだ。



僕はこの人の笑顔に見惚れてしまう。この人の笑顔を願ってしまう。



どうやら、僕も黒瀬さんを笑えなくなってしまった。

悪とか正義とか関係ない。




僕はこの人が好きだ。






「こちらこそ、よろしくお願いします。黒瀬さん」



そう言えば、ますます笑顔になるこの人が、好きだ。




END


 

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -