あの『人質事件〜衝撃の告白〜』から1週間。
それからというもの、僕の日常に赤、青、黄、桃、そして何より緑以外の色が加わってしまった。
そう、『加わった』じゃない。
あくまで『加わってしまった』のだ。
「―――っと、今何時かわかる?黄戸くん」
「あ?……18時、半」
「あぁもうそんな時間……、間に合うかなぁ…」
ため息をつきながらパソコンの画面を眺める。ディスプレイには国に提出する会計資料の元。もう少しで完璧に仕上がる模様。さすがです、自分。
「…なんか、約束でもしてんの?」
机の向かいに側に座り携帯で時間を調べてくれた黄戸くんが、不機嫌そうに聞いてくる。眉間に皺をよせ、目線はそっぽを向いている。なんか可愛い。拗ねてるみたいだ。
「ちょっとね。七時に待ち合わせしてるんだけど、遅れちゃうかも」
苦笑しながら答えれば、黄戸くんが更に眉間に皺をよせる。これは……ちょっと怖い、かも。
「女?」
「え?」
上手く聞き取れなくて小首を傾げると、彼は真っ赤になって僕に視線を向け、僕をきつく睨む。
「待ち合わせ、女かって聞いてんだよ!」
「え、いや、違うけど…」
てゆうか、僕みたいな冴えない奴が女の子と待ち合わせなんてできるわけないじゃないか。自分が美形だからってちょっと酷いだろ。爆発してください。
「……あっそ、じゃあ男なのか。待ち合わせ」
「う、うん。そうだけど……」
だから、何?
その言葉はガチャリと開いた事務所の扉に阻まれて、声にはならなかった。
「あれ、まだ2人とも残ってたわけぇ?もう定時だよぉ?さっさと帰ればぁ?」
「あなたと違って仕事があるんですよ。あなたこそ無駄口叩いてないでさっさと帰ればいいじゃないですか」
「緑川、てめぇ相変わらず生意気なんだけどぉ。マジムカつくんですけどぉ」
「アンタの話し方のがムカつくんですけど」
事務所に入ってきたのは受付のほうにいた桃城さん。
相変わらずカマ野郎と僕の仲は最悪なので、先制攻撃とばかりにこちらから毒づけば案の定単純な彼(あくまで『彼』だ)は、怒りだす。
しかし、僕はハッと先ほどまでのことを思い出した。
そう、待ち合わせ。
「すみませんが、僕は桃城さんになんかに構ってる時間ないんです。とりあえず仕事は大体終わったし、帰るんでそこをどけ」
「態度悪いんだけどぉ。てゆーか、これから何かあるわけぇ?どうせこのまま直帰でしょぉ?」
「何決め付けてんですか。僕にだって予定の1つや2つあるんですよ。早くどけ」
男のくせにねちっこい性格をしてやがる桃城さんは僕への嫌がらせか、一つしかない事務所の出入口からどこうとしない。
イライラしながら桃城さんをどかそうと躍起になれば、後ろから黄戸くんが不機嫌そうに舌打ちするのを耳にした。
「待ち合わせなんだとよ。時間遅れそうらしいから、桃城、どいてやれよ」
「……待ち合わせ?女?まさか男?ねぇ、緑川。相手誰?なに、友達とか?どんな奴?会社員とか?」
だからなんでお前らは僕の待ち合わせの相手を探ろうとするわけ。
そんなに僕が誰かと会うのが気に入らないってか。やさぐれるぞ。
あと待ち合わせ遅れそうなんだよ。早く行かせろよこのやろう。
内心、そう思って、積もりに積もった鬱憤もあったから僕は吐き捨てるよう答えた。
「男!社長!つい最近知り合ったばっか!恋愛相談乗ってるだけ!以上!時間ないから僕は行く!」
「えっ……あ!ちょっと、緑川ぁ!!話は終わってないんだからねっ!……待てやごらぁ!」
小煩い桃城さんをドアから全力でなんとか引き剥がし、僕は走りだす。目指すは事務所の出口。
相手は一応偉い人なので約束に遅れるわけにはいかない。だから、喚く桃城さんの制止の声にも振り返らずに僕は外へ出た。
「男……、社長……、最近知り合ったばっかり……。あいつ……」
「ま、まさか、緑川の奴……変な奴に脅されて、援交なんてしてないよねぇ……?」
「怪しい……よな」
「み、緑川が汚されたぁ!この桃城様が緑川のはじめてを奪いたかったのにぃ!!もちろん性的な意味でぇ!!」
「なっ!させねぇからな!!てめぇなんかに緑川は渡さねぇからな!!」
「何言ってんのぉ!?この俺が、黄戸みたいなめんどくさい野郎に負けるわけないだろうが!!あ"あ"?」
「うるせぇよ!!てめぇも十分めんどくせぇ野郎だからな!!緑川と仲悪いくせに!!」
「好きな子ほどいじめちゃうことの何が悪いっていうのぉ!?あれは調教!!」
「ますますてめぇみたいな変態に緑川は渡せねぇよ!!」
だから残された黄戸くんと桃城さんが、そんな会話をしてることなんて僕は知るよしもないわけですよ。
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「すみません!!お待たせしました!」
「あー、いいっていいって。付き合ってもらってんのはこっちの方だし」
なんだか庶民的な居酒屋の一席。個室にて僕は素敵なオーラをキラキラと放つ、居酒屋とはちょっと場違いなイケメンと対峙していた。お洒落なバーにでも行けよって感じだよね。
「それに俺だってお前のこと待たないで、注文しちゃってるしな。お互い様ってことだ。気にするな」
「そうですか?ま、そうですよね。てゆうか、僕が謝る必要なんてないですもんねー。あ、その焼き鳥うまそうですね」
「……おう、うまいぞ。てか、お前も早く注文しちゃえよ」
「了解です」
席につき、メニューに目を通す。やはり焼き鳥が食べたい。しかし、刺身の盛り合わせも捨てがたい。いや、あえてここはレバニラもいいかもしれない……。とゆうか、ずいぶんバラエティーに富んだ店だなここ。
「よし、まずは冷奴に決めた」
「緑川、お前渋いな。最初に豆腐食うか?普通」
「普通です。超普通。黒瀬さんが異端なんですよ」
「いや、豆腐ごときで異端扱いされたくねぇわ」
「何を仰いますか。世間の異端。悪の組織の総帥のくせに」
「ほっとけ」
微かに笑うイケメン。彼こそがあの日、僕に縋りつき自分の恋への協力を要請してきたブラック団の総帥。
「あ、黒瀬さん。今日の会計なんですけど……」
「あー…、いーから。俺が奢るから。貧乏人に払わせるつもりはねーよ」
「さっすが社長。貧乏人の味方ですねー」
しかも、表の顔は黒瀬カンパニーの若き社長という。
悪の総帥だとしても、女の子にはモテモテのハイスペック美青年。それが黒瀬さん(実名らしい)。
マジで貧乏配管工(正業:ハイカングリーン)の僕とはレベルが違う。普通は飲み仲間になんかならないかもしれないほどの格差だ。
しかし、そんな経済格差なんか僕らの間には無意味なものでしかない。
そもそも僕らは男の子同士。よってたとえ黒瀬さんがハイスペックイケメンだとしてもときめきだとかは起こらないし、もともと敵同士なんだから僕は黒瀬さんに容赦と遠慮はない。
「で、今日はなんかあったんですか」
よって、こうやって男2人のむさい飲み会において本題を切り出すのは僕の役目なのだ。
案の定、話題をそこに持っていかないようにしていたイケメン黒瀬さんはギクッとした顔に。
「……今日は、だな」
「はい、ちゃっちゃと話す」
「ちっ……。つーか、そうあせらせんなよ」
「はいはい、ちゃっちゃと!」
「わかったっつーの!……今日は、俺、赤星が1人でいたから接触してみようと思ったんだ」
「へぇ……接触、ですか」
会話をしていると店員が近くに来たので「すいませーん。冷奴と焼き鳥とビール1つずつー」と、頼んでおく。隣のイケメンはそれを気にした様子もなく話を続けていた。
「で、仮面つけて総帥モードで行くから仲良くなれないって俺は気付いたわけだ」
「そりゃあ、仮面つけた人とは仲良くなりたくないですしね」
「だから、今日は『黒瀬』として赤星と知り合いになろうとしたんだ」
「で、結果は?」
じぃっと難しい顔の黒瀬さんを見ていると、彼はますます難しい顔へと変わる。
「失敗した」
「え、なんで」
「あのキザったらしいハイカンブルーのせいで……っ」
思い出して悔しくなったのか涙目になって黒瀬さんは唸る。
てゆうか、ハイカンブルーって青木さんのことだよね……。
「青木さんが邪魔したんですか?」
「説明するとな、赤星が1人でいたから話し掛けようと俺は近付いた。すると俺が話し掛ける前にハイカンブルーが赤星に話し掛けたんだ。しかも、話し掛けるだけならまだしも映画に誘ってやがった。そんで赤星も映画に乗り気になって、2人でデートもどきに繰り出してったんだよちくしょう!」
後半は早口になりながらもなんとか涙はこばさなかった黒瀬さん。
とゆうか、デートもどき…ね。
「青木さんが赤星さんとねぇ……。ちょっと2人がどんな関係か聞いてみましょうか?まぁ…さすがに付き合ってるとかはないでしょうけど」
「しかもハイカンブルーの野郎、赤星に声かけそこねた俺の方に振り向いて笑いやがった!あれは確実に嘲笑だ!人を馬鹿にしてやがる!!」
「聞けよ」
興奮する黒瀬さんに思わず冷たい目を向ける僕。仕方ないよね。人の話を聞かないんだもん。
「………ホント、黒瀬さんって残念なイケメンですよねぇ……」
「ざ、残念だと!?」
ショックをうけたようで、またしても涙目になる黒瀬さんに僕は思わず苦笑。悪の組織の総帥(笑)のくせにこの人は泣き虫だ。
「ま、世の中にはギャップ萌えって言葉もありますし、頑張りましょうね」
「………………おう」
黒瀬さんはちょっと拗ねたように頷き、僕はそれを見てため息。
肩書きや見た目は完璧なイケメンなのに、こうしたちょっとした仕草だとか言動だとか、そういうのが子供みたいで可愛い黒瀬さんにはつくづくため息しかない。
ギャップ萌え、僕に向かって見せても意味ないんだよ馬鹿。
でもどこか、そんなこの人の中身は僕だけが知ってればいいとかそんな独占欲じみた気持ちもなきにしもあらずだったり。
複雑な脇役心だよね。ホント。
END
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