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優しい愛を咀嚼する

携帯を見て次にスケジュール帳を覗き込んで、溜息が出た。
まあこの仕事は好きでやっているし、何よりスケジュール帳にびっしりと書き込まれた美しい文字は彼女が書いたのだと思うと胸が踊る。

「はい、お疲れ様」

コツン、と化粧を落としたばかりの素肌に冷たい何かが当たって顔を上げれば上品な笑顔がそこにあった。

「名前さん」

彼女は俺の彼女であり、マネージャーでもある名前さん。
一つ年上の彼女とは中学時代からの付き合い。
恋人という関係になったのは、高校時代から。
マネージャーとモデル兼俳優という関係になったのは三年前から。
気がつけば出逢って10年という季節が過ぎていた。

「車、もう回してあるわよ」

彼女の渡してくれたお気に入りのミネラルウォーターを飲みながら彼女の気遣いに感謝する。

「俺明日休みたいっスよー」

こんな愚痴がこぼせるのも彼女だから。

「ダメよ、明日は生なんだから。」

相変わらず手厳しいけれど、こんな甘えたな俺の面倒をみてくれるのは彼女だけだと思っている。
だから俺は一生この彼女に頭が上がらないと思う。
ペットボトルのキャップを閉めてカバンに入れ、ハットをかぶり、サングラスをかければ、準備オッケー。

「さ、行こうか?」

にっこりと笑って手を差し出すと、彼女は少し顔を染めてその華奢な手を重ねてきた。

「外出るまでよ。ファンには公開してないんだから」

「どーせもうすぐ公開するけどね」

「けど、スキャンダルになったら大変よ」

社長にどやされるのはあたしなんだから、と彼女は戯けてみせた。
きっと、この数日のハードスケジュールに心を痛め、少しでも俺を励まそうと気を回しているんだろう。
けれど、俺がハードスケジュールということはマネージャーである彼女も勿論ハードスケジュールな訳だ。
加えて俺の熱愛が疑われているせいで俺の自宅にはマスコミが張っているかもしれないから、と二人で毎日彼女の家に泊まらせてもらっているこの一ヶ月は彼女にとってしんどいだろう。
俺は元運動部な上に、最近でも毎朝のジョギングや昔の仲間たちとバスケをするが、彼女はマネージャーで体力はそんなにない。
しかも集中モードに入ったら自身の身体のことはまったく気にしない。
かつて仕事に集中し過ぎたために、真夏の体育館で水分を一口もとらず、熱中症でぶっ倒れてしまったことすらある。
その献身的な姿勢は中学時代の影の薄い友人を思わせるほどで尊敬しているのだが、俺としてはもう少し自分の身体を大事にして欲しい。
いや、毎日泊りなのをいいことにやりたい放題やる俺が自重してから言わねばならないだろうが。
毎日今日こそは、と思うのだが無防備な彼女の姿を晒されてしまえばそんな決意は何処へやら。
結局彼女が意識を飛ばしてしまうまで抱くことさえある。

「どうしたの、涼太?」

心配そうにこちらを見上げる名前さんの顔には申し訳なさそうな色が滲んでいて…

「名前さん、俺大丈夫だから。名前さんこそ無理しないで」

そういうと、彼女は少し苦笑して

「大丈夫。あたしは平気だから。」

と言う。

「それより涼太。明後日からドラマの撮影あるでしょ?相手役の宮坂あおいちゃんの好きそうなお菓子買っといたから。あとスタッフさんへの差し入れも。」

涼太初主演だから私も気合い入っちゃった、と笑う。
思えば入社三年目の彼女が俺のマネージャーをやっているのは、彼女が細かなところまで気のつく、几帳面でしっかり者だからだ。
みんなからは勿論、社長からも信頼されている。

「そうそう、今日はまだ早いから涼太の好きなオニオングラタンスープ作ろうかなって思ってるんだ」

出口が近づいて、彼女はきゅっと俺の手を少し強めに握ってから俺の手を離した。

「楽しみにしててね」

荷物を後ろ手に回して笑う彼女は中学時代より大人っぽくなった。
けど、その仕草はいつまで経っても変わらない。

ああ、やっぱり好きだなあなんて今更のようにまた思った。




優しい愛を咀嚼する


彼女の作ったオニオングラタンスープはコトコト煮込まれた玉ねぎが少し甘ささえ出していて、それが彼女の愛の味に思えた。


黄瀬涼太、生放送での衝撃結婚発表の文字が紙面に踊るのは、この二日後のこと。




企画「アストロノート」様
第13回「干支」の子年彼女を担当させて頂きました。

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