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君がいればそれでいい。

「もういいよっ!!涼太なんか嫌いっ!!」

人通りの多い街中で盛大に叫んでかけ出した。

彼が名前を呼んだ気がするけど、そんなの知らない。

涼太は付き合って一年になる彼氏。
優しくて、かっこいい。
ちょっと犬みたいだけど、そこもまた可愛い。
モデルやっててバスケや、他のスポーツもなんでも出来る、そんな彼氏。

今までデート中にファンの女の子達に囲まれた事もあった。
涼太は知らないだろうけれど、過激なファンの子達に呼び出された事も片手じゃ数えたりない。

それでもモデルやっている上でファンは大事だし、私は涼太と違って何か特別な取り柄がないから言われるのも最もだと思って我慢してきた。
それに雑誌のインタビューで涼太は「束縛しない子がいい」なんて答えていたから、お互い異性間の交友は干渉しないものだと思っていた。
彼がどんなに可愛い子達に囲まれても、何をもらっても何も言わなかった。
ほんの少しずつ大きくなる嫉妬には目を瞑って。

なのに、今日私が小学生時代の親友和成と、中学時代の友達緑間に会っていた所をたまたま目撃した涼太が怒って店の中に入ってきたのだ。
そこで口論になるのはマズイと店を出た大通りで少し話をしようと思えば、彼はかなり怒った口調で色々まくしたてる。

挙句の果てに、「浮気」なんて言葉が彼の口から出てくるものだから、私の堪忍袋の緒がぷっつんと切れてしまった。
言いたい事は沢山あったけれど、それを全てあの一言に込めて駆け出した。

あーあ、嫌われちゃったかな。

ほとぼりが冷めて見知らぬ街をとぼとぼ歩く。
私は悪くない、と強がる私がいる一方冷静になれなかった自分を悔やむ私もいる。
付き合って一年。
初めての喧嘩だった。
涼太は優しかったし、喧嘩するような事もなかったから…

見つけた公園のブランコに座り、イヤフォンで音楽を流しながら、ぼうっと空を見上げた。
明日、別れようと言われるのだろうか。
明後日、彼の隣にはすでに新しい子がいるのだろうか。
彼の未来に、私はいないのだろうか。

そう思うと、悲しくて、虚しくて

涙が零れた。


止めようと思っても後から後から零れ落ちて止まらない。

唇を噛んで俯くと、手のひらの携帯が震えた。

一瞬期待をしたが、着信は緑間からのもので、私が出るといきなり「黄瀬の馬鹿がすまなかったのだよ」と謝ってきた。

まるで、親みたいだ。

「へーきへーき、気にしてないからさ。こっちこそ、途中で放り出してごめんね。」

「いや、あの馬鹿のせいだから気にすることはないのだよ。それよりお前、今どこにいる?」

聞かれて、気づいた。

土地勘のない場所を適当に走ったせいでここがどこだかさっぱり分からない。
「ごめん、わかんないや」
はぁ、と緑間が嘆息したのが分かる。
これは完全に呆れ返っているトーンだ。

「ラインで所在地を送るのだよ。迎えに行く」

「ありがとう。でもいいや。地図アプリあるし」

と言えば「いいから早くするのだよ」と怒られた。

「りょーかい。送るからまってて」

そう言って電話を切る。
現在地を送ってまたイヤフォンを耳に付けた。

切なく、悲しいメロディがまた私の心をぐちゃぐちゃにする。

なんで、涼太がかけてきてくれなかったのだろう、と悲しくなった。
かけてきたところで出るかどうかは分からないが、それでも心配して欲しかった。
なのに、彼からのメールも電話も一件もなくて。
ああ、やっぱり明日別れるんだ。
そう思った。

ここについてもう何度聞いたか分からない流行りの失恋を歌った切ない曲。
きみがいればそれでよかったのに、なんてCメロの歌詞が聞こえてきた。

本当、その通りだよ。
また瞼に涙が浮かんで零れ落ちた、その時だった。


抱きしめて、と始まる最後のサビの歌詞は誰かに外されたイヤフォンからは聞こえる事はなく、

「名前」

名前を呼ぶ掠れた声と体温が私を包んだ。
「ごめんっス、遅くなって」
はあはあと肩で息をしているのは背中越しでも分かる、私の愛しい人。

「どうして、ここ…」

「俺が電話してもダメだと思って緑間っちから教えて貰ったっス」

それで、彼があんなしつこく所在地を送れと言ったのだと分かり、心の中で感謝をした。

それと同時に

「りょ…たぁ…」

迎えに来てくれた事が嬉しくて、浮かんでいた涙がポロポロと零れ落ちた。

「緑間っちにも高尾にも怒られたっス。沢山我慢してくれてたのに、俺気付かなくて。」

ぎゅうっと私を抱きしめるその腕は、優しくて逞しい。

「好き、好きなのっ」

「うん」

「嫌いなんて、嘘なのっ」

「うん」

「だからっ、だから、別れないでっ」

「名前」

こっち見て、と涼太が優しく耳元で言うから振り向くと、其処には涙目の顔があって…

「俺こそごめんっス。」

って言って、今度は正面から私を抱きしめた。

「俺、ヤキモチ妬いただけなんス。名前が浮気するなんて思ってないっス。だから許して」

ぎゅうっと私の肩に顔を埋める涼太。

その肩が少し震えている。

うん、と頷くと「名前っちぃー」と堰を切ったように涼太が泣き出すから、思わず笑ってしまった。

ああ、本当



君がいればそれでいい。


後から聞くには、私を妬かせたい一心でファンサービスをしていた涼太だったが、私がいっこうに妬いた様子を見せないから、浮気してるんじゃないかと不安になったとか。
結局、私も涼太も寂しかっただけなのだということが分かって二人で笑った。


企画「黄昏」様に提出。


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