隣で笑う
彼女は今日も頬杖をついて窓の外を眺めてる。
可愛い顔なのに、やっている仕草は綺麗という形容詞が似合う、不思議な子。
人形のような大きな瞳。
ぽってりとした赤い唇。
スッと通った鼻筋。
だけど、髪を耳にかける仕草とか凄く色っぽい。
「苗字さん」
俺が声をかけると
「あなた、だれ?」
ってこてんと首を傾げられた。
あ、可愛い。
「黄瀬涼太っス」
「ああ、バスケ部の」
「知ってるんスか?」
「聞いたことあるわ」
で、そんな人が私に何の用?
やはり、不思議だ。
「日直、俺ら当番なんスよ」
「ああ、ごめんなさい。忘れていたわ。じゃあ、日誌も書いておくし黒板も消しておくから、あなたは部活行っていいわよ」
それじゃ、と言って彼女は立ち上がった。
「ちょっ…」
「なに?」
振り返って再び首を傾げる。
「いや、俺も日直っスから、なんかやるっスよ。それに今昼休みだし。」
「そう?じゃあ、今黒板消しておいて貰っていい?」
「あ、了解っス」
俺が返事をすると、彼女は何処かへ行ってしまった。
やはり不思議な子だ。
授業中も何処か上の空。
なのに当てられればしっかりと解答を言うし、ノートもちゃんととってある。
ノート見せて、と言えば綺麗な字の並んだ板書を見せてくれた。
一体いつとっているのだろう。
「苗字っち」
「何?」
二人で日直になったあの日から、俺は毎日彼女に話しかけている。
何故だか分からないが、もっと知りたいと思うのだ。
迷惑そうな表情をするわけでも、無視をするわけでも、きゃっきゃと騒ぐわけでもなく彼女は俺の相手をしてくれる。
「ここ、わかんないんスけど」
「見せて」
そうして問題を眺めると、すぐにある一点を指でさして
「ここから、点Aに補助線を入れてみて」
俺が言われた通りに補助線を引くと、
「ここから何するか、分かる?」
「うっ、わかんないっス」
「ここに直角三角形が出来て、三平方の定理」
「三平方の定理って…?」
「直角をなしてる辺、つまりこことここを二乗すると斜辺であるここの二乗になるの。」
「へえ」
感心しながら式を作ってプリントを埋めていく。
「じゃあ次の問題はこうっスね」
「当たり」
やった、と声を出して顔を上げれば少しだけ彼女が口角を上げていて…
「あーーーー!」
と思わず叫んでしまった。
クラス中の視線が俺たちに集まるが、俺は気にしない。
「何、どうしたの?」
「笑った、笑ったっス!」
「へっ?」
素っ頓狂な声をあげて首を傾げる彼女。
「今初めて笑ってくれたっス」
俺が言うと彼女は何故か俯いて震えて…
「私、笑えてた?」
と言った。
俺が笑ってたと言うと、良かった、と今度はさっきよりも口角をあげて笑ってくれた。
けれど、俺は全然知らなかったのだ。
笑えた事に、彼女があんな嬉しそうだった理由なんて…
それは、突然だった。
「黄瀬くん」
ある日、声を掛けられたと思ったら見慣れない女の子がいて、誰っスか?と問うと名前の友達と返答が帰ってきた。
「黄瀬くんって、帝光中でバスケ部なんだよね?」
「そうっスけど」
「その話、名前にしたことある?」
「いや、ないっスけど…」
「そか。」
「何か、あるんスか?」
俺が聞くと、彼女は急に口を閉ざして顔を背けた。
が、意を決したように俺を見ると彼女は苗字っちのことを口にした。
「 」
部活が終わって、教室へ向かう。
それは彼女のお友達から聞いたも情報だ。
彼女はいつも、学校が閉まるギリギリまで教室にいる、と。
教室に駆けつけると、そこにいたのは帰り支度をする苗字っち
「一緒に帰らねっスか?」
俺が聞くとびくっと肩を揺らして彼女が振り返った。
「黄瀬くん…」
「こんな時間に女の子一人では帰らせねっスよ」
彼女に近寄って顔を見る。
ああ、よく見れば結構似ているのに何故気がつかなかったのだろう。
「あの、私…」
「大丈夫。俺は君のそばにいるっスから」
表情はいつもとさほど変わらない。
けれど、瞳だけば不安そうに揺れている。
彼女のことが、分かるようになって不謹慎にも少しだけ嬉しくなった。
ゆっくり近寄って、怖々彼女を腕に閉じ込める。
「知っていたの?」
「さっきお友達に教えてもらったっス」
「そう」
眈々とした受け答えとは逆に体が小刻みに震えている。
「妹、だったんスね、赤司っちの」
びくっと俺の腕の中で一際大きく身体が震えた。
気のせいか、呼吸も少し荒い。
「っ…ごめ、なさい…」
「いいんス。」
必死で息をしようとする彼女の頭を撫でた。
「ごめ、なさい…笑ったり、して…」
「名前っち、俺の前では泣いても笑ってもいいんス。赤司っちになんか言われたら俺が守ってあげる。だから…」
俺の隣でいっぱい笑って、いっぱい泣いて
きゅっと制服の裾が掴まれた。
ワイシャツが温かい涙で濡れていく。
「私がそばにいていいの?」
「勿論」
「私のこと…」
「絶対捨てたりしないっスよ」
「私…」
「名前」
俺の身体も震えていた。
ああ、これが貰い泣きというやつか。
大好きっスよ本心からのその言葉に、
彼女が少しでも救われていればいいと思う。
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