ながれるあせにこいしたの
「名前っち」
帰り道、毎日遭遇するこの男。
彼の名前は黄瀬涼太。
私につきまとって尻尾をフリフリさせているようにも見えるこいつは、私の彼氏だったりする。
最近一部の女子からの風当たりがやけに強いのは、こいつのせいだと断言していいだろう。
「お疲れっス」
「お疲れ」
かと言って無視すると拗ねてもっと面倒くさいので、とりあえず言われた言葉を返す。
「暑いっスねー」
「そりゃ、夏だからね。てかあんたアイス食べてんじゃん」
「いるっスかー?」
「いらねぇよ」
思わず汚い言葉が吐き出されたが、勘弁して欲しい。
隣でニコニコしながらアイス食ってるこのバカがいけないのだ。
「試合はいつっスか?」
「インハイのこと?」
私の暴言は綺麗にスルーして黄瀬が聞いてくる。
「そうっス。確か、でるんでしょ?」
「まあね」
海常高校はスポーツにかなり力を入れていて、私の所属する陸上部も、彼の所属する男子バスケ部も例外ではない。
お互い全国大会まで順調に進んできた。
けれど…
歩いているだけで零れ落ちる汗を拭う。
唇を噛む。
「どーしたっスか?」
慌てて普段通りを装って、なんでもない、と返した。
また一つ、額に汗が浮かぶ。
「ねえ、名前っち」
「なに?」
「インハイ、いつっスか?」
「三週間後。勝ち上がれば終わるのは一ヶ月くらい先まではやってるかな。」
そんな間近に迫ったインハイ。
けれど、調子は思うように伸びない。
焦りは募る。
「そっか。あ、俺は今週末からなんス。だから…」
一日でいいんで、俺の試合見にきてくんねっスか?
その目はまるで犬が餌を強請るような、普段のお願い仕草からは程遠い。
犬ではなく、男性を感じさせる。
だから、いつもなら軽くあしらうけれど、今回は不意打ちで頷いてしまった。
「やった」
せっかくドキドキしたのに、その数秒後にはすぐに犬と化す黄瀬。
頭を撫でてやりたくなったのは、気のせいだ。
強いて言うなら、母性本能が擽られたのだ。
一体彼はなんなのだろう。
ガコッと派手な音がして、またダンクが決まる。
キセキの世代だと聞いたことはあったけれど、バスケをしている彼を私は一度も見たことがなかった。
あ、また…
フェイクで相手を誘って、そこからスピンして…
ガコッ
再びダンク。
これで彼が決めたダンクは一体何本だろう。
彼が決めたシュートは一体何本目だろう。
汗をユニフォームで軽く拭い、チームメイトとハイタッチを交わす彼は、見たことがないくらいかっこいい。
もういやだ…
顔を手で覆う。
絶対今、顔真っ赤だ。
「ズルいよ」
心臓はバクバク。
顔はかぁっと熱を持ち、胸がきゅうっと締め付けられる。
ああ、そうか。
これが、本当の恋なんだ。
パシュッ
今度は美しいフォームから放たれたレイアップ。
汗にまみれた笑顔が眩しい。
ねえ、黄瀬。
キミのその
ながれるあせにこいしたの 「名前っちー」
試合が終わって私に駆け寄ってくる彼。
あ、尻尾が見える。
もしかしてこれは計算なのだろうか。
「どーだった?」
「まーまーだね」
だとしたら本当に悔しいから、これを伝えるのは自分がインハイで結果を出してからにしよう。
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