恋の優しい処方箋 | ナノ
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  君の鼓動を食らう


知らないことがどれだけ彼の心を抉ったか、私は知らなかった。
私が泣いているのを、彼がどんな目で見ていたのか、全然知らなかった。
10年もの間をあけて、ようやく私は真実を知る。





「俺は、あの頃からずっとお前が好きだった」

真摯な深い緑の瞳に、引き寄せられたのはどうして…?




















君の鼓動を食らう



俺が彼女に出会ったのは中学2年の終わりだった。帝光中学はかなりのマンモス校で、クラスか部活、委員会などで関わりがなければ話したことのない同級生がいるなど普通だった。そんな中学で俺と彼女が出会ったのは図書室だった。当時の彼女は図書委員で、俺は部活のない日に図書室に行くのが好きだった。ちなみに、当時黒子もよく図書室にいたそうだが、あいつがいた記憶は全くない。

その日も部活がオフの日であったため図書室で次の日のラッキーアイテム、今人気の携帯小説を探していた。一応ラッキーアイテムであるからには中も読もうと思うのだがなかなか良い本が見つからない。

「何探してるの?」

その時声をかけてくれたのが彼女だった。

「何か面白い携帯小説を知らないか?」

「えっ、意外!!緑間くんでも携帯小説なんて読むんだね」

「違う、おは朝のラッキーアイテムなのだよ。好き好んで読むわけではない。」

「あっ、そーゆーことね。」

そんな会話をしながら彼女は持っていた本を棚にしまっていたが、ふとある一冊の小説を眺めたあとそれをそのまま俺に差し出した。

「これ、最近人気だよ。恋愛ものだけど青春ものだし、男の子でも読みやすいんじゃないかな?」

差し出された淡い水色の表紙に覆われた本を受け取る。

「私も読んだけど、この話は結構好き。」

超がつくほど可愛いわけではないけれど、充分に愛らしいと言える、優しい彼女の笑顔がずくりと心臓を疼かせた。今思えば、これが一目惚れというやつだったのかもしれない。けれど当時の俺はそんなことを理解する余裕はなかった。

「なるほど。助かった、礼を言う。」

そう言うと、何故か彼女は目を丸くした。
大きな目がこぼれ落ちそうになるほど目を見開いて驚くから、なんだ、と声をかけると彼女はハッとしてそれからクスクスと笑い始めた。

「なっ、なんなのだよっ!!」

「あ、ごめんなさい。貴方を笑ったんじゃないの。変わり者だって聞いていたけれど、案外普通なんだなと思って。そりゃあそうよね、人間だもの」

と、苦しそうに腹を抱えながら笑うから、怒りや呆れを通り越してこちらもすこし笑ってしまった。

「まったく、変な奴だな」




それが、初めて彼女に出会った日。



けれど、気がついた。
彼女の見ている人間が他にいること、叶わない恋をしていること。バスケ部に中途入部し、二週間で一軍に上がってきた男。チャラチャラしていて、モデルもやっていて、女遊びもしていた男。そいつの底なしのバスケセンスは認めざるを得なかったが、腹立たしいことこの上なかった。何かあれば人事を尽くすことなく苗字に泣きついていた。しかたないとそれを助けてやる姿を、無理やりいろんなところへ引っ張って連れていかれるたびに困り顔をしながらも優しい、愛おしげな顔をしているところを見てきた。

色々鈍いと言われる俺だったが、彼女のことにはすぐ気がつく。そのため結局告白できず、今に至った。

「しんちゃんも名前もホント一途だよなー」

ビールを煽りながら、高尾が呟いた。

「でもあいつ、結婚すんだよね。」


報われないじゃん、と悔しそうに高尾は唇を噛んだ。本当に、その通りだ。中学の時から何度殴りたいと思ったかわからない。
俺のところにきた招待状はきっと苗字にも届いただろう。それを見て彼女がどれだけ苦しむのか、涙を流すのか、そんなことはこれっぽっちも考えずにあいつは自分の幸せを送りつけるのだろう。非情に、無責任に。

「それでも、苗字は我慢するのだよ。いや、受け入れて笑うのだよ。」

おめでとう、と。自分の感情なんてこれっぽっちも存在しないかのように笑うのだ。そして、言うのだ、伊達にあいつの幼馴染やってないよ、と…



そして、結婚式の当日。
あいつは本当に綺麗な笑顔で笑った。かつての旧友と大好きな幼馴染に、精一杯の祝福をして…


「お前は馬鹿なのだよ」


自分を殺して、幾度も心を引きちぎられるような思いをしながらそれでも心から幼馴染を愛した。そんなお前だから、余計に俺はお前に惹かれたのだろう。気の利いたことは言えない。だから、せめて泣かせてやろうと思う。強がりで優しい彼女が泣けるように隠してやろうと思う。

好きだと、告げられなくてもいい。
通じなくてもいい。
それでも、彼女を守ってやりたかった。





「ねえ、もし、もう一回してって言ったらあなたはどうするの?」

そんな言葉に、思わずぴしりと固まってしまった。

「ねえ、緑間くん、もしかして…」

ずっと、好きでいてくれたの?

そんな言葉に、もう逃げ場はないと思った。


「俺は、中学のあの頃からずっとお前が好きだった。」

今度は彼女が固まる番だった。
想いは口にしてしまえば抑えがきかなくなるらしく俺は色んなことを言っていた。出会ったときに恋に落ちたこと、片思いだとわかっていてもずっと好きであったこと。

「ごめんなさい、私ずっと酷いこと…」

「違う。」

全部話し終わってから、彼女が言いかけた言葉を遮る。

「俺が勝手に好きになった。お前は何もしていない。」

「でも、でもっ…」

唇を噛んで、やがて彼女の口から言葉が滑り落ちた。

「片思いの辛さは私が一番分かってる」

泣きそうに顔を歪めた彼女。
違う、そんな顔が見たかったのではなかった。

「笑って、ほしい。」

彼女が顔を上げる。そのまっすぐな瞳に恋をした。


「もし悪いと思ってくれるなら、笑っていてほしい。泣きたい時に頼ってくれてもいい。辛い時は助けてやる。だから、お前は泣いた後笑ってくれればいいのだよ。」

そう言うと、彼女は泣きそうな顔から驚いた顔へ表情を変え、そしてゆっくりと笑った。


「それは、貴方の隣でもいいですか?」










ずっと手を伸ばすことすらして来なかったけれど、それでも彼女は俺にたくさんの幸せをくれる。だから、もう諦めずに手を伸ばそう。彼女の笑顔を、ずっと守るために。



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