恋する純情ショコラ
「ねえねえせんせー、ここわかんなーい」
「あたしはここー。」
「はいはい。私は一人しかいないの。ちょっと待って」
質問に訪れる小学生たちをなだめて、彼らの質問にひとつひとつ答えていく。このクラスは授業が終わってもなかなかすぐに解放されないのが辛い。けれどその分、子供達はどんどん成績を上げてくれているから嬉しい。
「だからこれはおはじきの法則でしょ?当てはめてごらん?」
「あ、できたー!!」
この笑顔がどうしようもなく好きだから、嫌なことがあってもここを辞めようとは思わないのだ。先生、ありがとーと手を振る子供に気をつけてねーと声をかけた。
「先生、なんか可愛くなったよね?」
「あら、ありがとう。褒めても宿題は減らないわよ?」
中学生という年頃は少しずつませてくる時期だ。この前も嬉しそうにバイトの子同士が付き合ってるって知ってたー?なんて言ってくるから、そんなことは知らないし関係ないと一蹴したのは記憶に新しい。
「違うよ、本当だって!!ねぇ?」
「うん、うちもそう思う!」
「あ、分かった!!先生…」
恋、してるでしょ?
そう言っていたずらな笑みを浮かべる女の子。まだ幼い顔立ちだけれど、中身は立派な中学生なのだ。それにしても、子供とはかくも鋭い生き物なのか。
彼に告白されて付き合い始めてから一ヶ月。確かに今までも恋はしていたけれど、どうやら女とは愛されていることを自覚すると輝く生き物らしい。
「さあね。」
「えー、教えてくれないのー?」
「ここから先は私のプライベートよ。プライバシーの侵害って知ってるかしら?」
にこりと笑って答えてやる。
「えー、絶対いるって!!」
「いや、そう思わせていないやつだろ、これ」
「いそうだけどなぁ…」
様々な憶測が飛び交う中で、私も彼女たちと同じようにいたずらに口角を引き上げた。
「これ以上はプライバシーの侵害でーす。秘密よ。ほら、準備できた人からさっさと帰りなさい。親御さん待ってるわよ。」
そう言ってやると子供達は唇を尖らせながらしぶしぶ帰り支度を始めた。
「お疲れさまでーす。」
「お疲れ様です」
最後のバイトの子を見送って、再びパソコンに目を向けた。夏期講習目前だというのに作っているのは冬期講習の時間割だから笑える。部屋割りに頭を悩ませて、人数の多いクラスから順番に埋め込んでいけば…
「はー、かんせー…」
誰もいない講師スペースに私の声だけが響く。印刷してパソコンをシャットダウン。今日はもう帰ろう。帰らないと、お腹を空かせた新米のお医者さんが待っている。互いに忙しい日々だけれど、少しでも時間が空けば彼はうちに来る。頻繁に会えないのは少し寂しいが、彼の優しさと温かさが私を頑張らせてくれる。
鞄を持って教室に鍵をかけたところで、携帯が震えた。下に着ている合図だ。少しだけウキウキした気分でエレベーターに乗り込む。
見慣れた車が止まっている。
「ただいま。お疲れ様。」
「おかえりなのだよ。」
週に一回、次の日仕事がない夜はこうして迎えに来てくれる。彼の優しさはそれだけじゃない。ご飯を作ればお皿洗いはやってくれるし、洗濯物を回せばお風呂を入れておいてくれる。なんともできた男だ。この前さつきがぶーぶーと涼太の悪口を言っていたが、几帳面で真面目な彼といると私の方が大雑把かもしれない。
「明日は休みか?」
「うん、日曜日だから。」
「そうか、それなら丁度いい。」
そう言うと、彼、真太郎くんはポケットから鍵を取り出した。
「もう、うちにも荷物を置いておけ。うちからの方がお前の職場には近いはずだ。」
そう言って優しくはにかんだ真太郎くんが愛しくて、彼のほっぺにキスをひとつした。
「ありがと」
真っ赤になっている、真太郎くん。
ああ、なんと甘い恋なんだろう。
恋する純情ショコラ今まで苦かった分、胸焼けがするほど甘やかな日々はくせになってしまいそう。
完
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