恋の優しい処方箋 | ナノ
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  モノクロームの憧憬


たった2日の連休は散々なものと言えた。
昨日も一昨日も散々な日であった。
そして、今日もまた散々な日であった。

「マジ、最悪だ」

今日も今日とて夜11時にパソコンの前だ。本当、早く帰りたい。残っていたバイトの子たちも帰らせて、1人キーボードを鳴らす。珍しくやってしまった。教材の発注ミスなんて今まで一回もやったことなかったのに…

それもこれも、ひとえに先週末のことが原因であることは間違いない。



初めてお酒に溺れてやらかすことがこれって、一体何なのだろう?
再びため息が溢れると同時に、携帯のバイブ音が聞こえてマウスを動かしていた右手をスマホへ伸ばす。入っていたラインのメッセージに、また頭が痛くなった。




























モノクロームの憧憬



「ごめん、態々来てもらっちゃって」

「気にするな、俺が来たかっただけなのだよ」

先週末の連休前日の夜に彼と一夜の関係を持ってしまったのがすべての始まりだ。そのあと恥ずかしすぎてシャワーを浴びた後、ろくに話すこともせず荷物をまとめて飛び出してしまった。彼から話をしようと言われていたにも関わらず、だ。それから2日間の連休は家でのんびり、の筈が家で何もしていないとあの夜の記憶が鮮明に蘇ってくるので、急遽高尾とカラオケに行き、さつきと美味しいケーキを食べに行った。

が、人選が悪かった。

どちらからも今目の前にいる彼、緑間くんの友達(そもそも私の交友関係は彼とモロかぶりしているのだが)で彼の話を持ち出されてしまったのだ。結果高尾とのカラオケではあろうことか飲んでいたジンジャーエールを吹き出し、さつきと食べていたケーキを喉に詰まらせかけた、という動揺っぷり。
2人から問い詰められるも黙秘権を行使して、なんとか逃げ切ったが1人になればお酒に呑まれていたにも関わらず、鮮明に蘇ってくる記憶と記憶に反応する下肢にどうしようもなくなって…

そのせいで今週一週間は散々だった。寝不足で会議で居眠りをしかけるわ、保護者面談をタブルブッキングさせそうになるわ、課長との会議を忘れてすっぽかしかけるわ。

挙げ句の果てが今日の教材発注ミス。

胃がキリキリとストレスに締め上げられるのを感じながらため息を堪えた。やっと一週間が終わったと思えば、彼からの連絡。きっと、話をつけに来たのだ。

しかもそれは突然で例のごとく残業中の連絡で、職場の前で待っているというのだからタチが悪い。しょうがないのでなんとか15分で残した仕事を片付け、5分で戸締りを確認して職場を後にした。溜まった丸つけはすべて土日の残業だ。

そうしてなんとか20分後にビルのエントランスをくぐると、高級車ではないにしろ20代半ばの若者が所有するには高すぎる大型のミニバン。
運転席に座ってハンドルに手を乗せる、何気ない仕草にどきりとさせられる。涼太や赤司くんがいるから気がつかなかったが、彼とてかなり美しい顔立ちをしているのだ。2人ほど彼が器用であれば今頃彼は有名モデルになれたであろう。

「酒は、ないほうがいいな」

「あ、うん。できれば」

「分かった。イタリアンでもいいか?」

「うん、大丈夫」

確認を取ると、彼は車を発進させる。

「随分大っきい車買ったね」

「夏に部活の集まりがあるとか言っていただろう?そのために、と先輩方に無理やり買わされたのだよ」

「へえ、でも高かったでしょう?」

「特に問題はなかったのだよ」

さすが、お医者様は一般OLと給料の格が違うらしい。無理やり、というのはきっと宮地先輩や木村先輩で高尾が煽ったのであろうが、少し楽しそうなところも感じられる。その現場に居合わせられなかったのは少し残念だ。

「着いたぞ」

いつの間にやら車は止まっていて彼がシートベルトを外す。慌てて私もシートベルトを外して車を降りる。

「いらっしゃいませー」

連れてこられたのは少しバーに近い空気のお店。けれどお酒の種類は少なめで勿論料理もしっかりしている。

「すまん、ファミレスよりはマシかと思ったが…」

「あ、ううん。平気。飲まなければいいだけだから。」

緑間が先日のことを気にしているのは明白だった。そもそも、きっと今日呼ばれたのはその話をするためであろう。肩が少し強張った。
メニューを追うが、字を追うのは目だけであって頭にはちっとも入ってこない。落ち着け、と自分を叱咤するのだがそう思えば思うほどドツボにはまるだけだった。


「決まったか?」

「え、あ、うん。これにしようかな。」

特に嫌いなものもないし、イタリアンは大好物である。とりあえず無難なトマトクリームスパゲッティを指差すと、緑間くんはウェイターを呼んで注文をしてくれた。

「それで、聞きたいことがあるだろう?」

そうだ、聞きたいことは山のようにある。記憶のない間に吐いたりしていないか、高尾相手に変なことを口走ってないか、とか。けれどそれよりも何よりも聞きたかったことは…

「あの、最後まで、してしまったのでしょうか?」


その途端、空気と目の前の緑間くんがピシリと固まった。その反応だけで分かってしまうよ。けれど、なんでだろう…











記憶のない間に行われた行為は、嫌悪感よりもむしろ恋しさすら覚えていたの。


「す、すまない…」

口元を押さえ、事情を全て語ってくれた緑間くん。
どうやら私が抱いてとせがんだらしかった。彼はこうした状況で嘘をつけるほど器用ではないのである。ほおの赤い彼に、なぜか胸が締め付けられた。



ねえ、もし、もう一回してって言ったら、貴方はどうするの?


そんな問いが浮かんで、気がつけば流れる水のように口から自然と溢れていた。

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