恋の優しい処方箋 | ナノ
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  現の夢に何を想う


久しぶりの連休でやっと休める。
けれど、連休前の仕事は地獄だ。

報告書を添付して上司に転送。そのあと受験生の授業と新しいバイトの研修。親子集会の案内と夏期講習の時間割を会社のサイトにアップして、上司からの精査を待つ。
それから入塾者リストも作っておかなくてはならない。

「お疲れ様でーす。」

バイトの女の子の少し高い声に、お疲れ様です、と返した。
ああ、出勤簿の精査もやらなくては。


カタカタとキーボードを叩く音だけが子供達のいなくなった室内に響く。
入塾者リストの作成が終わったところで、机のそばに置いていた鞄の中のスマホがバイブした。長さからしてラインだと思う。後でも良かったのだが、時間も確認したいし、スマホの画面をつける。

時刻は11時30分。
ラインは高校の時の部活仲間。

『やっほー!今から飲みにいかね?』

相変わらずの軽いノリに少し笑みが溢れた。

『明日仕事は?』
『ねえよ。』
『じゃあ行く。』
『もう下に車とめてっから早くしろよ』
『それを先に言え』

エクセルの出勤簿を閉じてパソコンをシャットダウンした。次の出勤日に早くきてやろう。
電気を消して、鍵をかけ職場を後にする。

エレベーターを降りてビルのエントランスを出ると、真新しい軽自動車が止まっていた。

「やっほー」

「遅いのだよ」

運転席に座る高尾と後部座席に座る緑間くん。
なんか既視感と思ったが、当たり前だ。
高尾は高校の頃毎回のジャンケンに負けてチャリアカーの運転席に、緑間くんは後部席(といってもリアカーの荷台部分)に座っていてとてもシュールだった。
今でも高尾は緑間くんの運転手をしているらしい。

「前もって言ってくれればもっと早く出てきたのに」

「んなこと言ったってお前携帯見れねーだろ?」

「たしかにそうだわ」

んじゃ、行くぞーと高尾の張り切った声で車が発車された。









許してほしい。
幼馴染の結婚式以来仕事に打ち込んでそれを忘れさせようとしていた私は、今日も例外でなく、いつもよりハイペースに飲んで、深酒をした。いつもなら、絶対しない飲み方をした。

「ちょっ、名前、そんなハイペースで大丈夫?」

「へーきよ。酔いたいの」

高尾の心配も無視して、大して強くもないのに何杯目かも分からないジョッキを傾けた。


「しんちゃん、マジどーすんの」

「しょうがないのだよ」

そう言って緑間くんが日本酒を注いでくれた当たりで、私の記憶はなくなった。























現の夢に何を想う


彼に抱かれる、幸せな夢を見ていたの。









眩しい光を感じ、のろのろと瞼をあげてまず最初に感じたのはとんでもない頭痛だった。うっ、と呻いて再び目を閉じる。
頭痛の中で昨日の記憶を辿った。

高尾と緑間くんと飲みに行って、かなりハイペースで飲んでいたところまでは思い出せるが、緑間くんに日本酒を注いでもらったあたりから先が全く思い出せない。

もう一度瞼を開けるとそこにあるのは見慣れない天井。左を見ると、我が家には置いていない筈のベッドライト。右を見ると恐ろしいほど整いすぎた部屋が目に入る。おかしい、絶対私の部屋じゃない。


手の甲で目を覆う。

あー、いい大人が何してんのよ。
自棄酒なんて、迷惑もいいところじゃない。

とわ自分を責めてはみたけれど、やってしまったことは変えられない。ふと耳をすませば、トントンと規則的な音がした。なんとか痛む頭をおさえ、ダブルベッドから降りる。そのまま寝室の扉を開けて廊下を進むと、見慣れた彼がキッチンに立っていた。

「おはよう」

私が歩いてきたことに気がつくと、彼は顔を上げて微笑んだ。

「おはよ、ごめんね、私…」

「気にするな。それより二日酔いは大丈夫か?」

「うーん、頭痛いかな。」

「あれだけ飲めば当然だ。とりあえずシャワーを浴びてこい。タオルや着替えは全部洗濯機の横の籠の中だ。」

「ん、ありがと。本当ごめんね」

見下ろしてみれば私が着ているのは彼の大きすぎるTシャツであった。

「あの、Tシャツ…」

「早くしろ。話はそれからなのだよ。」

「分かった。本当ごめん。」

口調は冷たいけれど、少し優しい視線。昔からこの視線に甘えさせてもらってきた。まさかこんな年になってもお世話になるとは思っていなかったなあ、とひとりごちてTシャツを脱いで気がついた。

一つ目、私はブラを着けていなかったこと。
そして、二つ目…

首筋に赤い跡があること。





「え…」

思わず二の句が継げなかった。


『話はそれからだ』

先程の彼の言葉が、やけに頭の中に響く。





幸せな夢の後に残るのは信じがたい夢の残骸。

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