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パァンと音が響き渡って、右手から赤い液体が滴り落ちた。
おかげで薬の入った瓶は地に落ちて、割れた。

「ぅっ…」

唇を噛んで弾が飛んできた方を見ると、我らが第1部隊隊長がお気に入りのピストルを構えていた。ああ、来てくれたんだね。


私を殺すために…


「総司、貴方ならやってくれると、思ってた」

口にした言葉が、彼に聞こえたかは分からない。左手の刀を握りしめた。

「決着を、つけようか…」

彼だけを見て言った。他の人を見る勇気はない。ねえ、総司。

「局長に、逆らった私を…」

殺せ。

その言葉と共に彼が抜刀して駆け寄ってくる。撃たれた右手は血が止まらないどころか痛みで感覚さえなくなりつつある。力を入れるなんてもってのほかだ。

彼が向かってくる。

左手で辛うじて刀を構えた。上段から美しい白銀が振り下ろされ、私の刀は弾き飛ばされる。刹那、彼が悲しそうに私を見た。

「殺せ」

少し笑ったつもりが、泣いていたようだ。彼の手入れされた愛刀に映る自分が情けない顔をしていた。ボロボロな身体で辛うじて動く左手を彼の刀に添える。死ぬなら、一思いに、この美しい彼の太刀筋の元死にたかった。愛しいあの人の見守る中で…




「待って!!待ってくださいっ!!」

場違いな甲高い声が聞こえた。
聞き覚えのある、女らしい優しい声がひどく切羽詰まっている。

「早くしろ、総司っ!!私は、局長にっ、近藤さんに逆らったんだぞっ!!」

駄目だ。
彼女が出てきてはいけない。
彼女は白いままでなければいけない。
こんな、醜い殺しあう世界なんて彼女には似合わない。
刀を自分の首に押し当てる。
少し肌が切れた。

「早くしろっ、沖田っ!!それでも騎士団の第一部隊隊長かっ!?」

必死の思いで叫んでも、彼は優しく笑うだけだった。

「ごめんね、名前。まだ死なせてあげられない。姫様の命令だし、それに…」

僕の前から居なくなるなんて許さない。




彼は私の首筋から刀を離して、駆け寄る小さな姿に跪いた。美しいドレスは所々破れてしまっていた。

「千鶴様、申し訳ございません。大切な姉上様にこのような怪我を負わせてしまって。」

珍しく近藤さん以外の人にも恭しい。

「いいえ、いいえ!!姉様の命を救ってくださってありがとうございます、沖田さんっ!!」

愛らしい顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

「どういうことだ、総司」

紫紺の瞳が私を一瞥して、厳しい目を彼に向けた。えー、土方さんには説明したくないなーなんていつもの調子で彼は語り出す。

「島田君が掴んだ情報は確かだよ。確かに王家の血を引く人間が変若水をこの町にばら撒いたよ。けど、それは名前じゃない。」

「うそ、だ…デタラメだ、そんなっ……!!」

ふと総司が此方を見て、優しく微笑んだ。

「ごめんね、名前。何年間一緒にいると思ってるの?僕に隠し事なんてできた試し、ないでしょ?」

そう言って微笑んだ総司は、千鶴様にそうですよね、姫?と確認をとった。

「はい。申し訳ありません。兄の薫と宰相であった叔父の綱道が薬をばら撒いたのです。他の国と戦争して勝つために…」

綱道は割と野心深かった。薫はきっと利用されたのだろう。もともと千鶴以外には興味のなかった子だ。綱道に千鶴のためと吹き込まれたらそれくらいのことは普通にやりそうだった。

「って、僕のところに山崎くんの報告が来た時にはもう島田くんが土方さんの所に報告に行っちゃってたみたいだったし。名前から連絡も来たからね。此処まで来るの結構大変だったんだよ?」

王子様と切り結ぶ羽目になったしね、と彼は飄々としていた。仮にも自分の主人の一族だったはずだが、総司にとっては近藤さんと幼い頃から馴染みのある千鶴以外は本当にどうでもいいようだ。因みに薫は総司の剣の前に呆気なく捕らえられた。綱道は現在逃亡中らしく、新八さんの隊と平助の隊が追っていると総司は報告した。また山南さんが山崎さんをはじめとした医療隊を率いてこちらに向かっているらしい。

「きっと、名前は一人も殺さないし犠牲にするなら自分だけだと思ったからね。ちゃんと呼んどいたんだから感謝してよ。」

こんなに傷つくってお転婆だね、と彼は馬鹿にしたような口調で、優しい微笑みを浮かべた。その瞳の奥にあるのは、安堵の色。

「とりあえず、傷の手当してもらいなよ。誰よりも君が重症なんだから。」

総司はそう言ってヒラヒラと手を振った。

「姉様っ!!」

小さな衝撃とともに守りたかった少し小さな身体が飛びついてきた。寝巻きのまま駆けてきたのだろう。千鶴の白い寝巻きは所々泥がついており、そして今また私の血で汚れていた。

「ち、づる…?」

「ごめんなさい!!私、何も出来なくてっ…姉様に守られてばっかりで。こんな、怪我までっ…」

「王女様」

千鶴の言葉を遮った。

「騎士として、あなた様…の、お役に、たてたなら嬉しい限り。ご無事で…ようございました…」

それでも目に涙を浮かべて、彼女はふるふると首を振る。優しい少女はきっとこの国を正しい方向へ導いていくはずだ。

「それでも、姉様が無事でっ…ほんとに、ほんとによかった…」

再び抱きしめられる。その体を動く左手で確かめる。良かった、のかは分からない。彼女に、怖い思いをさせた。彼女を流せてしまった。彼女を清いままにしてあげられなかった。でも、彼女に無事でよかったと言われて、心の底から嬉しかった。

けれど…





「あーあ、最悪」

愛らしい妹の後ろに見えた。
彼女と瓜二つの顔が憎悪に歪められているのを…

「俺が王になるはずだったのにさ、何してくれるんだい、千鶴?」

「にい、さま…?」

あんなに千鶴を愛していた筈の弟は狂っていた。王家の血筋を色濃く受け継いだ妹を憎み、王になるために、沢山の血を、人を犠牲にした。

妹を、千鶴を泣かせた。



「「許さない」」


薫が手を振り下ろすと同時に、羅刹が飛び出してきた。
たちまち辺りは戦場と化す。

左手で瞬時に愛用のピストルを掴んで襲ってきた羅刹の心臓めがけて放つ。千鶴の肩を借りて立ち上がれば、全身が痛みに軋んだ。

「姫さん、名前!!大丈夫が!?」

敵を蹴散らしながら走ってくる、漆黒の髪。それはやはり美しかった。ねえ、土方さん…

「千鶴を、お願いします」


駆けつけた彼に向かって千鶴を突き飛ばし、血が流れるのを無視して走る。薫も走ってくる。

薫…
千鶴のように私のことを気にかけていたわけではない。
それでも、薫…

私は貴方を可愛いと、思っていた。
守りたいと、思っていたよ。


キイン、と互いの武器がぶつかり合った。
普通の勝負なら大して変わらないが、手負いの状態で鍔迫り合いは確実に負ける。ぶつかった刃を自分の方に引き、バランスを崩したところで渾身の一撃を放つが、飛んで避けられた。

この体で長引いた戦いは出来ない。

薫も次で決着をつけに来る。
そんな気がして、刀を構えなおした。

薫、もう終わろう。


二人同時に動き出す。
私の手に手応えがあった瞬間、私の鳩尾に焼けるような衝撃が走った。

「ごふっ…」

先に倒れたのはどちらだったか分からない。

私は自身の愛刀から手を離した。


誰かがまた、私の名前を叫ぶ。












ああ、愛しきこの世界よ


私がいなくなっても、私の大切な人たちに夜明けを与えてください。



ああ、愛しきこの世界よ