何で信じるんですか




昨日の夕方頃。
私はもうすぐここから消えてしまいそうだと思った。
本当に何となくだが。

今だってそうだ。
一分一秒、私は不安を抱いている。
いつここからみんなと離れるかすごく、怖い。
だから今を精一杯楽しもうと思った。
みんなに心配をかけられないように。



「はっ!」


「ふふ、良い剣筋ですよ。でもまだがら空きです」



そう言って松陽先生は私のお腹辺りに竹刀を入れる。
が、寸での所で私はそれを防いだ。



「ほう、やりますね」


「それはどうも」



竹刀の打ち合う音が道場に鳴り響く。
私は今、松陽先生に剣術を教えてもらっている。

勿論、私から教えてとは言ってない。
先生が私にやってみませんか、と聞いてきたのでやってみているだけだ。
私はどうせ一生に一度だけの体験なのでやらせてもらったのだ。



「それでは終わりますか」


「はい、ありがとうございました」



礼を言った後私達は各自部屋に戻ろうとした。
だけど、私は松陽先生を止めた。



「先生……少し、お話いいですか?」


「いいですよ」



先生に許可をもらい一安心する私。
私達は月の光が当たっている所、つまり明るい場所に移動した、腰を下ろした。

でも私は口を開かない。
私は今、松陽先生にトリップしたことを言おうとしている。
まだわからないけど、もうすぐいなくなる私が何のことも伝えずに消えるのは流石にないと思ったから。
……もし、ここで異世界から来たんです、って言ったら松陽先生はどう思うだろうか。


呆れる?

馬鹿にする?

冗談だと思う?


別にそう思われたっていい。
私はただ、これ以上松陽先生達に嘘をついてここにおいてもらうわけにはいかない。
松陽先生は私のことを1ヶ月間、何も聞かずにおいてくれた。

銀時君達だってそうだ。
森で倒れてた私を何の躊躇(ちゅうちょ)もなく助けてくれた。
怪しい、とか思っていたかもしれない。
けどあの子達は私を助けてくれたのだ。

別に今更どう思われようが関係ない。
頭が可笑しいって思われたっていい。
だって、全て事実なんだから。
私は決心して、グッと手の力を強める。
そして、優しく私を見守ってくれる松陽先生にやっと言えた。



「わ……私、異世界から来たんです…」


「ほう…」



松陽先生はにこりと微笑みなから私の話しを聞いてくれる。
心の奥底でほっとしている自分がいた。
でも、どうせ信じてくれないだろう。

前の世界の時の経験上だ。
前の世界の友達とかは本当のことを言っても小馬鹿にして全然相手にしてくれない。
だから私はあまり友達に自分のことなど話したことはない。
それからだろうか、“平凡”と言われてきたのは。



「前にも言おうとしていたんですが中々タイミングがなくて……。私は何故ここに来たかも知らないんです」



静かに聞いてくれる松陽先生に安心しながら話すのを続ける。



「自分の部屋で寝ていたらいつの間にか森にいて…。そしたら目の前には銀時君と晋助君と小太郎君がいたんです」

「………」


「私の頭の中では何が起こっているのかもわからなくて、ただパニクっていて…。友達も、親も、誰一人知り合いがいなくて……」


「……そうだったんですか」



話している途中からだんだんと下を向いて話していた。
なんだか涙が出てきそうだったから。

トリップは勿論憧れだった。
でも、現実は怖い思いしかなかった。
誰一人知らない世界の中で、自分自身がいてはいけない世界で、自分自身を拒絶しなくてはいけないように感じた。
ここの世界に来てどれだけ自分が深い罪をおったように感じたか。
まるで牢獄に閉じ込められた感覚。

だけど、晋助君と夜中話している時からは大分その感覚を忘れたかのように楽になった。
でも矢張り、少しは思ったりする時だってある。



「でも…松陽先生や銀時君達のおかげで、子供達のおかげてとても楽になって……。本当に、ありがっ」



ありがとうございました、と言おうとしたが途中で止めた。
否、言えなかった。
私は松陽先生に抱きしめられていた。
目の前には先生。背中には温かい温もりの手。



「泣いていいんですよ」



意外な言葉に目を見開く。
ふふ、と笑って「冗談が上手いですね」と小馬鹿にされると本気で思った。
でもそれは違って、私の言動を優しく受け止めてくれていた。



「1人で辛かったでしょう?いきなりのことで。知らない場所に来て怖かったでしょう?それなのにあなたは…ここに来てから一粒も涙を流してない。…悲しい時は泣くものですよ」



背中を優しくさすってきた。
その行動と言葉にだんだんと目から涙が溢れ出てくるのがわかる。
だけど、流しはしない。
ぎりぎり出てきそうな涙を寸でのところで流さないようにしている。


「先生っ、は…こんな有り得もしない…ことを、信じるんですか?疑わないっ、ですか…」



声が霞んできて最後の方は小さくなった。
だけど松陽先生は私の言葉に耳を傾けて聞いてくれている。



「疑いませんよ」


「どうして、ですか…。私は、こんなにも怪しいし…変なことを話すし…」



松陽先生は優しく微笑みながら私の背中を撫で続ける。



「何を言うんですか。あなたは私にとって大切な生徒。それに、その菜緒さんの目を見た時からわかります私に話す前、その目はとても不安に満ちてましたよ」


「………」


「変や変じゃない、怪しいや怪しくないとかの問題ではないのです。私はただ……あなたを信頼している。ただそれだけです」


「…っ…」



私はとうとう涙を流した。一番欲しかった言葉。
ただ、“信じている”とかの自分を認めてくれる声が素直に欲しかった。

一番最初、ここに来た時も先生はそう言ってくれた。
でもそれは初対面だったからかあまり信じれた言葉ではなかった。
松陽先生には何でもお見通しなんだな、なんて思いながら私は泣き叫ぶ。
松陽先生は壊れた玩具を優しく扱うように私を抱きしめる。


私はただ必死こいて泣くだけ。
だけど私はやっとのことで涙を止め、また話しだす。



「私…もう、一つ松陽先生に言わなくては、いけないことがあるんです」



泣き止んで、私は松陽先生から少し離れた。
先生も素直に離してくれた。
そして私と松陽先生はお互いジッと見合う。



「…何でも言ってください。私は全て受け止めますよ」



また泣きそうになったがなんとかそれをこらえる。



「……実は、ここの世界は私のいた世界では漫画だったんです…」


「…それでは今起きていることも知っていたんですか?」


「いえ…私が知ってるのはこの世界の未来のことです。銀時君達が大体23、4歳くらいの頃です。主人公は銀時君で……だから私は松陽先生も銀時君も晋助君も小太郎君も初めて会う前から知っていたんです」


「……」


「でも、私はここに来て改めてみんなは生きているんだ…って。作られた存在じゃないんだって思いました。…今の話を聞いて不愉快になったと思います。でもっ、みんなは一人一人生きるために頑張っている…。漫画のキャラとしてではなく、ちゃんとした一人の人間として。……だからこれからも私が言ったことは忘れて、真っ直に生きてください…」



松陽先生は目を丸くしてこちらを見た。
そしてすぐにクスクス笑う。



「大丈夫ですよ。私はどうせもうすぐいなくなるだろうですから…」


「…!それって、まさかっ」


「菜緒さんは気にしないでください。…それと、貴重な話をありがとうございました」


「松陽先生……。いえ、こちらこそ話しを聞いてくれてありがとうございます」


「当たり前のことですよ。何たって私達は家族じゃないですか。私はあなたのことを生徒のように……娘のように思っているのですから」



そう言って松陽先生は立ち上がった。
私もつられて立ち上がる。



「さ、もう遅いですし寝ましょう」


「はい」



複雑な心境なまま私は部屋に戻った。




((先生…。もし本当なら私は出来るだけ、原作を壊してでも助けたい…))

((でも、私ももう時間がないんだ…))



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