3.あますぎ


春めいた暖かい微風がさらさらと頬を撫でる。
その心地よさにまたうつらうつらと船を漕ぐかと思えば、今日はそうでもなかったり。
今日は、メフィストとお茶会なのだ。また機嫌を損ねられては堪らない。
……どうして?困ることなんかないのに。なんだか、この前から少し調子が悪い。

「朔、何が食べたいですか?」

目の前には、一口も手が付けられていないショートケーキ。紅茶にすら口をつけない僕を見兼ねたらしく、メフィストが高級そうなオペラをつつきながらニヤニヤと頬杖をつく。行儀が悪い。……なんて、招かれたにも関わらず食事に手を付けない無作法者が言えたことでもないが。
甘いものが嫌いなわけではない。嫌いになる要素がない、と言った方が正しいだろうか。写真でしか見たことのないお菓子や飲み物が並んでいる様子は、むしろ興味深くもある。
お腹が空いていないのだ。お昼ご飯の後、というのもあるが、元々食の細い人間であるからして。

だというのに、何を思ったのか。メフィストは僕のフォークを引っ掴んで、ショートケーキにぶっさしやがった。

「まったく、しょうがない子ですねぇ」

あーん、とフォークを差し出すメフィストの顔はきらきらと光り輝いている。僕が嫌がるのを分かってやっているのだろう。むしろ嫌がっている僕を見るのが楽しいなのかもしれない。あなたは楽しくても、僕はちっとも楽しくありません。

正直、乗り気はしないけれど……三本槍に貫かれてしまったショートケーキの行く末は何処。まあ結局、大人しく口を開けるしか選択肢はない。

ぱくりとフォークを咥えた僕を見たメフィストは、上機嫌でショートケーキを摘み食いした。それ僕のフォーク……まあ、満足そうで何より。

白いテラスに静寂が訪れると、鳥の鳴き声がよく聞こえた。

…………――暇、だ。ケーキも食べたし、ぼーっとするのも飽きたし、手持ち無沙汰になってしまった。だからといってここで寝る気もない。

「あますぎ」

暇すぎて暇すぎて、ケーキの感想を言うくらいしかすることがなかった。久しぶりに口を動かしたな、という感覚と、久しぶりすぎて上手く回らなかった舌。平仮名表記で自分の発言を思い描けば、案の定しっくりきた。

「……、……?」

見慣れない光景に思わず二度見してしまった。
メフィストが口をぽかんと開けて僕を見ていたのだ。ふしぎ発見!なんて生易しい反応じゃない。体はぶるぶると震え、フォークがかたかたと皿にぶつかって音を立てる。瞬き一つ許さない雰囲気。ガン見こわい。

がた、とメフィストが勢いよく席を立って、僕の肩は跳ね上がった。どこからともなく執事さんがすっ飛んできて、メフィストが並べ立てる言葉の羅列をメモも取らず聞き入り、かしこまりました、と屋敷内に引っ込む。
メフィストは相変わらずのガン見にゲンドウポーズを追加していた。非常にいたたまれない。そしてこの微妙な空気の中、程なくしてやって来たのは、

……ガトーショコラ?

状況が全く読めない。戸惑ってメフィストを見れば、いや、「食べろ」としか聞こえない視線を送ってこられても。はあ、と諦め混じりの溜息を吐いて、メフィストの見様見真似でガトーショコラの先端にフォークを刺す。甘酸っぱいオレンジの効いたそれは、思ったより甘くなかった。

あ、さっきよりいいかも、なんて思った途端、でんとテーブルに置かれたスフレチーズケーキ。続けて、パフェやら、ジュースやら。次々と運び込まれるスイーツに、目が点になる。
どうやら先程の言葉の羅列は、お菓子の名前だったようで。テーブルの上が甘いものでいっぱいになっていく様子は、最早嫌がらせとしか思えない。

あまりに僕がうんざりした顔をしていたのか、メフィストが菓子にストップをかけた。テーブルの上を見て、自分でもやりすぎたと思ったのか、途端に不安そうな顔をする。
メフィストでもそんな顔するんだ。なんて感心しながら、少し申し訳なくなったりして。

「やりすぎ……」

でも、

「……ありがと」

メフィストの口にピンク色のマカロンを放り込む。嬉しい、なんて感覚も、随分と久しぶりだ。



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