18.弟の方


中学二年生。竜騎士(ドラグーン)称号(マイスター)を授かり、華々しくも祓魔師歴代最少年記録を獲得した奥村雪男には今、気になる人がいる。

「んで朔がな、たったの一発で高難度の的に当てやがって――」

最近の父の話題に登る、祓魔師見習いの神代朔という少女だ。手騎士(テイマー)竜騎士(ドラグーン)を目指しているらしい。
力量や経験ともかく、現在の立場的には訓練塾生(ペイジ)ではなく、候補生(エクスワイア)と呼ぶのがが正しいだろうか。
まあ、聖騎士(パラディン)である父の腕にかかれば称号(マイスター)獲得は確実だろう、と雪男は思っている。

それが例え、こんなに小さくか弱い少女でも。

「で、朔。こいつが弟の方」
「はじめまして。奥村雪男です」





父が彼女を娘のように思っていることなどとうに分かっていた。少女のことを楽しげに話し、少女の偉業を自慢げに話す父を微笑ましく思っているが、小さな嫉妬を抱かないわけでもない。

ただ、それがこんな形で払拭されるとは、思いもしなかったのだ。

「ふぁ〜、欠伸が出るぜ」
「……!」

獅郎の腹に迫る木刀。すんでのところで弾き返され、体重の軽い朔が逆に退く形になる。少女の足がふらついた。そして、それを見逃さない獅郎ではない。下から振り抜かれた斬撃を、朔は間一髪で防ぐ。

「おらおらどうした!やる気あんのか!」

なんとか弾いている朔だが、幾度となく降ってくる木刀に対処するのに精一杯で、崩れた体勢をうまく整えられないようだ。――何をやっているんだ。これは訓練だろう。体勢を直す暇も与えないなんて。

「遅ぇ」
「……ぐ、ぁ」

腹にめり込んだ木刀は、少女の体をいとも容易く宙へと舞い上がらせた。





白い肌に咲く青黒い痣が痛々しい。花を優しく包むように、雪男は湿布を貼り付けた。

「父さん、やりすぎ」
「いやぁ、つい熱くなっちまって……」
「普段からこんな訓練なの?」
「剣術はいつもあんな感じだな」
「僕に銃を教えたときはあんなに厳しくなかったよね」
「銃と剣じゃ勝手が違うっつーか……な?」
「な?じゃないよ。もう、可哀想に。痛い?」

控えめな雪男の問いに朔はふるふると首を振った。雪男は軽く目を見張る。無表情なのもあり、大人びていると思っていたが、こういった仕草は随分とあどけない。父親が日頃から「娘だ!」と言い張っているのも頷ける。

「我慢しなくていいよ。痛いなら痛いっていってね。僕も気を付けられるから」
「……」

こくん、と頷いた。――んん、可愛い。

雪男の嫉妬の感情はすっかり消え去っていた。例えば僕が朔と入れ替わったとするだろう。あんなに扱かれるのは正直、勘弁願いたい。文字通り血反吐吐いて倒れるまで訓練なんて、嫉妬や羨望より先に憐憫の情が伺える。

可哀想に。また一つ父への恨みも篭った言葉を零して、雪男は朔の薄い背中や細い腕に軟膏を塗りたくる。

「……もしかして父さん、彼女の手当のために僕を呼んだ?」
「それもある!だが勘違いしないでほしい!純粋に紹介したかったんだ!」
「純粋って言わないよそれ」

酷いところには包帯を巻いて完成だ。大袈裟とは誰にも言わせない。木刀は凶器になりうるという証拠が雪男の目の前にあるのだから。

「お腹は後で自分でできる?」
「ん」
「うん、えらいえらい。とりあえず終わったから、服を着ようか」
「雪男ママだ」
「黙れ」

このサイズ感、この可愛さ、本当に同い年なのだろうか。従順すぎていろいろ心配だ。そんなことを言ったらまた「雪男母さん」と言われたので、雪男は父を問答無用で銃殺の刑に処した。



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