16.アゲート


藤本獅郎先生受け持つ最初の授業は魔法円・印象術。手騎士(テイマー)の適性試験として悪魔の召喚をする。
メフィストは彼の部屋から横断幕と応援用のうちわが見つかって獅郎から出入り禁止を言い渡されていた。

「いいぞ、好きなタイミングでやれ」

消毒された専用の針と簡易版の魔法円。許可が出たので早速親指に浅く針を刺して、一滴、血を垂らす。
不安はない。聖騎士(パラディン)である獅郎がいれば、大抵の失敗やアクシデントはなんとかなるからだ。僕はただ、集中して召喚術に挑めばいい。

最初の使い魔は――そうだな、悠揚迫らぬ態度でどんと構えていてほしい。

『求むは守護。(まつ)るは慧眼。ここに(むく)ふは(あけぼの)(しろ)なり。朝影に汝が姿を現せ。』

灰色の煙が舞い、最初に見えたのは黒く、蝋のような艶の毛並み。立派な蹄が床を叩けば長いタテガミがさらさらと靡く。よく見ると後ろ足の左腿に桜の文様が入っている。予想より数倍大きい図体に顔を上げると、理知そうな二つ目と目が合った。

「それ、まさか……ガミジン、か?」

ガミジン。記憶の中の本を引っ張り出してぱらぱらと捲っていく。獅郎が固まったまま動かないということは、それなりに上級な悪魔なのだろう。頭の端に引っかかっているから探すのは容易なはず……あった。この本は――

「……『ゴエティア』」
「正解。悪魔学における悪魔の一人だよ。諸学問に関する知識を与え、罪に死した者の魂を呼び寄せる力を持つ。召喚者の質問に明瞭に答えようとし、また――召喚者の望みを叶えるまでその元に留まるとも言われている」

別名サミジナ。気の王の眷属。獅郎の顎が外れるのも無理はない。なぜならガミジンは正真正銘の上級悪魔だから。とても祓魔師の見習いが引けるカードではない、引いてしまったが。

「召喚されると小さな馬、もしくはロバの姿で現れると聞いていたが……朔は馬か。はー、確かに少し小さいかもな。朔にはぴったりか」
瑪瑙(めのう)
「は?」
「名前」

この子の瞳は不思議だ。瞳孔は黒で、そこから白、桃色、赤色、黄色……外側に向けていろんな色が混じり合い、波打っている。宝石図鑑で見た瑪瑙(アゲート)の原石のよう。だから瑪瑙。

「瑪瑙」頭の下から優しく顎を撫でると、瑪瑙は機嫌良さげに鼻を鳴らした。気にいってくれたのかな。

「ま、この分なら手騎士(テイマー)獲得は確実だな。一人で上級悪魔召喚なんてすごいじゃねえか」

今度は僕が獅郎に撫でられたので、さり気なく手を退かして距離を取った。いつもなら嬉しいのに、なんでか逃げたくなったのだ。ちょっとだけ顔が火照る……火照る?てる、照る、照れる。照れてるのかな。
考えてるうちに熱はすっかり引いてしまった。

「それにしても立派な召喚説じゃねぇか。前から考えてたのか?」
「さあ」
「さあ、ってどっちだよ」

よく分からない。適当に呼びかけるつもりで口を開いた途端、頭にはっきりと文言が浮かんで、唇は勝手にそれを紡いでいた。ただ、あのとき胸の内に抱いた違和感。その正体は分かる。

体の中を蠢いていた熱が、減った。



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