15.少数派


時折、体が疼く。
内側にとてつもないエネルギーが生まれて、発散する機会がないままぐつぐつと煮えたぎっている。
ぐるぐると胃の中を飛び回るそれは、放っておくと身体から出ることもなくいつまでも居座り続けるから、僕は紙袋のように押し潰してしまうことにした。
脆弱な腕では力が足りなかったので、上から乗っかって、何度もジャンプしながらぎゅうぎゅうと潰していく感じ。すると図体のでかかったそいつも段々ひらべったくなってきて、最後は麺の生地を踏んでいるみたいになる。
次に四肢に漏れた熱を掻き集めて、くしゃくしゃに丸めて握り潰す。
全部まとめて箱におしこめば片付けは完了。

「……おい聞いてんのか。って、顔色悪いぞ。大丈夫か」
「眠いから」

嘘は付いていない。エネルギーが生まれたあとは気疲れが大きいのと、無事押し込めた安心感で眠気が来る。いつもは寝るかだらだらしているときに来ていたので、近くに人がいるのは初めてだ。
僕が往々にしてごろごろしているのを知っている獅郎は、特に引っかかるところもなく信じたようだ。

「寝るのは後にしろよ。ここまでちゃんと聞いてたか?」
「悪魔が見える。きけん。たおす」
「……まあ、良し。朔は魔障を受けて悪魔が見えるようになった。そういう人間は普通の人間より襲われやすい。増してや悪魔に魅入られるやつは引き寄せられやすい……ま、危険だから自衛手段を持とうって話な」

僕に技術を持たせることについて、メフィストには許可を取ってあるらしい。そのメフィストは真面目な話の途中で読んでた漫画に爆笑したから獅郎に追い出された。

「なあ朔、祓魔師にならないか」

閉じ込めたはずの熱が、こぽりと泡を浮かべて弾けた。





「祓魔師の称号(マイスター)を言ってみろ」
騎士(ナイト)竜騎士(ドラグーン)手騎士(テイマー)詠唱騎士(アリア)医工騎士(ドクター)……聖騎士(パラディン)。異例で、手騎士(テイマー)二種。聖騎士(パラディン)は、重複して任命されない」
「致死説ってのは」
「悪魔の、種類ごとに確認されてる……必ず死に至る、言葉や文節のこと」
「……。……もしや、覚えてたり……?」
「……聖書のは、」

朔が両手を広げたところから、伸ばした指を一本一本折り曲げていく。右の拳と左の手のひらを獅郎に掲げた。

「5……5巻?」
「15巻」
「読んだのか、覚えたのか」
「おぼえた」
「読むのはともかくなんで覚えてんだよ意味わからん」
「たくさん」
「そうかあ……たくさん読むほど面白かったか……。あ、じゃあ教徒の素質が……あ、ないな、うん」

メフィストに懐いている時点で神への冒涜のようなものである。獅郎の言葉に朔は不思議そうに瞬き、すぐ興味を失ったようにふいと目を逸らす。

――驚くべきことに、朔は祓魔師に必要な知識をほとんど持っていた。
図書室にあった本を片っ端から読み漁った結果らしいが、どう考えても、普通とは呼べない。記憶力までもが子供の、否、常人の域を超えている。

天才児(ギフテッド)
そんな言葉が獅郎の頭を過ぎった。

そして思う。ああ、それならばなんの問題もないじゃないか、と。そして考える。それよりも。それよりも、賢く、聡いこの子は、彼の正体も暴いているのではないか。

「……八候王(バール)って知ってるか」
「悪魔の王族。8体。魔神(サタン)を抜かせば……虚無界(ゲヘナ)の、最高権力者。それぞれの属性に連なる悪魔を、統率してる」
「そうだな。で、」
「?」
「……あー、なんて言ったらいいのか、つか言っていいのかわかんねぇが、ああ見えてメフィストは……」

言い淀む獅郎。反応から見るに、朔はメフィストの正体を知らない。こちらの界隈では『公然の秘密』と化していることだが、果たしてメフィストの預かり知らぬところで、彼の大切な愛し子に、彼の真実を暴露してまっていいのだろうか。

「……」
「……獅郎、」

ここで言ってしまった方が彼女の為になる。すでに分かっていることだ。分かっていて、獅郎は悩んでいた。朔は獅郎にとってたった一人の娘のような存在だが、同時にメフィストも紛れもない彼の友人なのだ、誠に遺憾ながら。

「……」
「……」
「なにしてんだ」
「返事が、なかったから」

普段大人びた態度を取る少女だが、こいつがときどき変なことをやらかすのだ。わざわざ椅子を持ってきてまで眉間の皺を伸ばさなくてもいい。獅郎は抱いた既視感(デジャヴュ)に過去の記憶を探ろうとして、しかし彼女の発言によって中断される。

「だいじょうぶだよ」
「……なにが?」
「知ってる」
「何を」
「ぜんぶ」

桜色の双眸が、見逃してしまいそうなほど小さく、ほんの少しだけ柔らかく細められる。やはり彼女は人の機微に敏感だ。獅郎の心配や不安すらも(・・・)お見通しらしい。

八候王(バール)は絶大な力を誇る故、地域によっては過剰に神聖視されている。だとしてもそれはほんの一部の例で、普通ならばその残虐さを恐れられ、敵対視されるのが通説。さて、祓魔の業界に書物の中には彼等についてこと細かく記されているものがある。その殆どが彼らの所業や猟奇性や人間との圧倒的な力量差らをこれでもいうかというほど訴えており……

「にゃはっ、将来は大物になるかもな」

非力でありながら、それらをすべて知った上で彼と“普通”に“(ちか)しく”接することのできる人間が、果たしてどれだけいるかということだった。



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