12.想う


漫画の主人公の手料理を食べているのだと考えるといろいろと感じることがある。ふわりと舞い上がるような、ごくりと唾を飲み込みたくなるような、首を捻りたくなるような、味に浸っていたいような……ああ、感慨深いってこういうこと。

奥村燐くんに感謝を伝えるために手紙を書こう。
頼れるメフィストは居ないのでお世話係だという獅郎にレターセットを貰えないか尋ねると、彼はチベットスナギツネみたいな顔をした。

「なんか……納得いかん」

納得した。レターセットを持っている場合でも、所持しておらず買わなければいけない場合でも、獅郎には僕に施しを与える義務はない。獅郎に頼むのはお門違いだと分かっていたのに、彼の人の良さに漬け込むような真似をしてしまった。謝ろうとする僕の前を獅郎が颯爽と横切る。

「俺のときと対応違くねえ?」

なんだそんなことか、と思ってしまった。
人が違うんだから当たり前、みたいなのを言葉少なげながらに伝えても、獅郎の眉間はしわくちゃのままだ。皮膚の皺と布の皺の感触はどう違うのだろう。知らぬ間に手が伸びる。ぐりぐりと解すように押すと、段々平らになってきて、おお、と思ったらまた波が戻ってきて、少し面白かった。
だが脇に手を差し込まれ、猫のように抱えられては中断せざるを得ない。

「あのなー……」
「?」
「今までが俺の思い込みだったのかね。お前ってそんな、自分から動くタイプだっけ?」
「……」

他人からそう見えるのだとしたら、それはきっと、たぶん、ほぼ確実に、絶対に獅郎とメフィストの所為だ。





どうしよう。
困った。

『いつもありがとうございます』

何度見ても一行目しか埋まってない。

大体、僕は手紙を書くのは初めてなのだ。お手紙初心者なのだ。定型文とか知らないし、知っていても自然な嵌め方がわからない。綺麗な文章も書ける自信がない。本で培った知識だって使い物にならないものばかりだし、変に活用して小説もしくは論文もどきになってしまったら相手も困るだろう。

一応書きたいことはある。あれがおいしかったとか、どれが好きだとか、そんなことをつらつら書けばいいのだ。でもそれってどうなのだろう、なんて、厄介な拘りがペン先に引っかかってインクを塞いでいる。『おいしい』って言葉を作ってくれた人の顔も見ず、ぽんと文字にしてしまうのは、どうなのだろうか。

ぐるぐると考えていたら余計に書くものが分からなくなってきたので、一旦ペンを置くことにした。

連なる窓から差し込む月光。輝く床を踏みしめるようにして、あてもなく廊下を彷徨う。足の裏から直接伝わるひんやりした感触が好きだ。好きっていえるようになったのはいつだっけ。ああそうだ、最初にメフィストが部屋の本棚を埋めたときだった。本が好き。アマイモンが好き。甘いものが好き。燐の手料理が好き。肉じゃがはもっと好き。獅郎は

「……き、じゃない」

好きじゃない。全然好きじゃない。

広い部屋に出たと思ったらいつもの執務室だった。自分でいうのもなんだが、なかなか動かない僕が知っている部屋は限られているから、無意識にここに来るのも当たり前といったらそれまでだ。

部屋で一番ふかふかの椅子。その後ろにあるクッションが僕の定位置。たったの2週間なのになんだか久しぶりに感じる。座ってひと息吐いたはいいのだが、背中を椅子に預けたら車輪のついた椅子に避けられてしまって、ストレッチでしかやらないような無様な格好になった。
なら、とふかふかの椅子をもう一度引いてそこに座ってみた……は、いいのだが、足はつかないし背もたれは身長が足りなくて上の部分がすかすかだ。どっちにしても、メフィストがいてこその背もたれらしい。

「……、」

違和感を抱いた胸に手を当ててみる。少しの希望を持った瞬間、それは消えてしまった。ああ、これしきのことで喜んでしまうから、僕は『わるいこ』なんだろう。

すり、と机を撫でてみた。ここでメフィストは仕事をしているんだ。そう思ったとき、胸の内に生まれるものはなんだろう。さっきの、月の当たる廊下みたいなのとは違う、日向ぼっこをする野草の温度。野草を纏めてきゅっと優しく縛ったような。痛みはないけど、少しだけ息苦しくて。

こんなの、初めてだ。ここに来てから初めてのことがいっぱいある。家族じゃない人とお話しした。ケーキを食べた。好きなものができた。誰かとゲームをした。悪魔を見た。思いっきり走った。悪魔と遊んだ。手料理を貰った。手紙に悩んだ。今はまだ、わからない気持ちを持った。

ぜんぶぜんぶ、メフィストのおかげだ。

きっと僕の求める感情も、彼が与えてくれるのだろう。そんな根拠もない予感が僕を生かしている。
メフィストが僕を拾ったのが気まぐれなんだとしても、飽きたら古い玩具のように捨てるのだとしても、今でさえ拾ったペットに何を思ってなくても、僕は一向に構わないんだ。それが引き金となる可能性だってあるのだし。

僕は何も持っていないから。
僕の中はあなたのもので満たされているのだから。
僕を生かしているのはあなただから。

僕の持っているものはみんな、あなたにあげる。



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