11.未だ知らず


朔は三ツ星シェフの作った料理よりもジャンクフードを好むらしい。変なところばっか飼い主に似るなと獅郎は思った。しかし理由を聞けば無理に矯正することもできない。

「新鮮」
「ジャンクフードが新鮮?食べたことねーの?」
「ん」
「……こういった料理は食べ飽きてんのか?」
「ん。あげる」
「いらね」

もしかして彼女は箱入りのお嬢様だったのではないか、なんて前々から疑ってはいたが、ついに決定的な証拠がでてきてしまった。

「食べろ」と言えば自己主張の少ない朔は文句も言わず箸を動かすが、やはり甘いものやワンコインのハンバーガーを食べるときより心なしか浮かない表情をする。そんな顔をさせたいわけではないのだ。これが単なる子供の好き嫌いだったら獅郎もここまで気にしなかっただろう。ピーマンきらい!にんじんきらい!肉はすき!お菓子がいい!というのは小さな子供によく聞くわがままの範疇だが、朔の場合は切実というか、仕事でなかなか遊びに連れていってやれない燐と雪男に「遊園地に行きたい」とせがまれたときの心の痛みに似ている。

むしろ「嫌」のひとつも言わない朔が遠回しにでも「嫌」を伝えているのだ。叶えてやるのが保護者の役目だろう。それがたとえ期間限定であっても。

「おい燐!ちょっといいか!」
「ああ?なんだよ親父」
「燐、お前の腕を見込んで頼みがある」

だから獅郎は、行動にうつすことにしたのだ。





獅郎の息子、奥村燐の家庭料理の腕前は例を挙げれば自身の食堂を開けるレベルだ。満員御礼間違いなし。誰に似たのだろうと獅郎はつくづく不思議に思っている。
高級料理に慣れきった朔の舌でも、あるいは庶民の味なら事新しいのではないか。そう考えた獅郎は燐の手作り料理を朔に差し入れることにした。お試しでまずは一品。結論から言うと大成功だった。獅郎の目の前で、朔は黙々と肉じゃがを食べている。ひとときも目を離さず、小さい口を何度も動かして、一心不乱といっていいほどに、肉じゃがを食べている。

「……美味いか?」

顔を上げた朔は口をもぐもぐさせながらじっと獅郎を見つめた。目がきらきらと輝いている、気がする。

「……そうか」

これ以上は何も言うまい。朔が肉じゃがの皿をひとつ空にするのを、あの書庫にいるときと同じように、獅郎はのんびりと眺めていた。最後のじゃがいもを食べて、かたりと朔が箸を置く。ごちそうさまでした。食後の挨拶と共にきちんと手を合わせるあたり、やはり育ちは良いらしい。勝手な偏見かもしれないが。

「お腹いっぱいか?」
「ん」
「それ、俺の息子が作ったんだよ。気に入ったみてーだな」
「息子……」
「双子なんだけどよ、作ったのはその兄の方。料理の腕前は良いんだけどなあ……正直頭の出来は悪い!にゃっはっは!」
「一芸があれば、いいよ」
「うんうん、朔の言う通りだ。俺はあのバカさ加減がいとおしい。純粋なまま育って欲しいぜ」
「ストレート」
「別にあいつらに言うわけじゃねーし」
「言えばいいのに」
「バカか。お前会っても告げ口すんじゃねぇぞ」
「どうして?」
「……」

獅郎は朔の頭を軽くはたいた。無言で頭を摩る朔の表情からは、たった今叩かれたのを分かっているのか分かっていないのか、いまいち読み取ることができない。誰よりも賢く冷静に見えてぼけっとしているのが彼女なのだ。

「名前」
「ん、ああ、作った奴の名前な。奥村燐だよ」

苗字を言うか悩んで、言うことにした。自身が教会の神父をしていることは既に話してある。それ以上に、そんなことを気にする彼女ではない、という適当ながらにして確信的な自信が獅郎にはあった。りん、燐、奥村燐……と、朔は舌に馴染ませるようにその名前を呟く。彼女には他人への興味がないものだと思っていたが、アマイモンのこともあるし、案外人付き合いは良い方なのだろうか。

「……つぎ」
「ん?」
「次も、よろしくって、」

伝えて。

消え入るような言葉に目を開く。出会ってからもうすぐ1ヶ月が経つのに、まだ彼女の形を捉えられてはいない。捕まえたと思ったら逃げられる。分かっているつもりの、遥か上をぽんと飛び越えられる。上ばかりを見ていれば下を潜られたりもする。今回も完全にしてやられたと笑い声を漏らしながら、獅郎は自慢の息子に肉じゃが以外の料理も作ってもらうことを決めた。



[ 13/30 ]

[
Back]




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -