7.知りたい


「………あ」

やったことのある人はご存知だろうが、トランプの『スピード』というのはそれなりに壮絶なゲームである。2人の手が行き交い、交差し、玄人同士の戦いであればぶつかり合うことも珍しくはない。例によって、戦いの最中僕の手はアマイモンのそれと掠った。走ったのはほんの少しの痛み。
しかしゲームを終わらせて見てみれば、利き手にできた小さな傷口は懸命に血を流して存在を主張していた。

「……手当て」

いろいろ考えて、結局出た結論はそれだった。たかが爪の跡と侮るなかれ。放っておくとぎゃーぎゃー騒いでうるさいのだ。主にメフィストが。
アマイモンが少し首を傾げて、それからああ、と納得したように手をついた。彼も以前僕が紙で指を切った時の兄を思い出したらしい。やけに人間臭い仕草で欠伸をして、ベッドからぴょんと飛び降りる。
はて、部屋で待っているかと思ったのだが。

「今日はもう帰って寝ますね。おやすみなさーい」

ちなみに、現時刻は朝の9時である。







メフィストの下へ向かうべく廊下に出て、朔は違和感を抱いた。暫く正体不明のそれは、歩みを止め窓の外を見ることで解決する。

「……悪魔」

宙を飛び交う小さな虫のような生き物。よくよく見れば愛嬌のある顔をしていて、彼女はそれが『魍魎(コールタール)』と呼ばれる悪魔だと知っていた。
どうやらアマイモンの爪が掠った時点で魔障の儀式が成立していたらしい。少し厄介なことになったなと、小さく溜息を吐く。いつかこんな日が来るかもしれないとは思っていたが、こんなに早いなんて。僕はただ、××さえあればそれで良かったのに。

まあ、過ぎてしまったことは仕方がないと、早く状況を呑み込んでしまった方が早いと朔は結論付ける。川に浮かぶ草舟のように、流れには逆らわず、濁流にも逆らわず、海に出てしまったらそれはそれで。

改めてここが悪魔のいる漫画の世界だと認識したところで、彼女は自分の内に変化を見出した。知りたい、知りたいと――知的好奇心なるものが、むくむくと顔を出してきたのだ。

前兆はあった。異世界に来たこと。たくさんの本に触れたこと。触れようと思ったこと。初めて本気でゲームをしたこと。『好き』を知ったこと。メフィストに出会ったこと。
それは、彼女がこの世界に来て初めて生まれた感情。『悪魔』という存在を知り、彼女の中で渦巻く複数の感情の種子の中で、一番最初に芽を出した存在。

――知識欲。

衝動に駆られて、朔は走り出した。自身がここに来た理由。今後起こり得る漫画の展開。アマイモンの存在。この城の外の世界。己を優しく抱く細い腕。胸に渦巻くこの気持ち。メフィストのこと。

知りたいことはたくさんあったが、今自身が一番知りたいものを、彼女は追い求めることにした。悪魔について。あの小さな虫のような悪魔について。

知りたい。シリタイ。

――朔が抱いた知識欲は、決して人並み外れたものではない。誰もが抱く、誰もが胸のうちに持っているべき標準大のそれ、以下である。なら、彼女がこれほど衝動的になっている理由は、『新しい感情』への興奮と、彼女の心を占める『その他の感情の割合』の少なさからであった。

故に、この興奮が長く続かないことは、誰の目から見ても明らかである。

薄く笑って、朔は走る。本来の目的も忘れてひたすら足を動かし、たどり着いたのはファウスト邸の庭園。開けた場所に出て少しだけ平静を取り戻し、なにやってんだと蹲り、それから魍魎の観察に明け暮れた。
やがて、自身に近付く存在がいるとも知れずに。



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