6.「A」and「O」??


獅郎は悩んでいた。時空の狭間から身を落とし、タチの悪い悪魔に魅入られたかの少女(被害者)について考えていた。というのも、初対面で少女から受けた仕打ちが獅郎のハートに小さな傷を付けたからである。


『…えー、あー……はじめまして。藤本獅郎だ。よろしくな』

こちらを見ようともしない少女に、少々ぎこちないながらもコンタクトを試みた。やさぐれた神父もどきにしか見えない彼はこれでも、二児の息子を持つ親なのだ。メフィストにせっつかれて自己紹介を行った獅郎に、少女が虚ろな双眸を向ける。交わした2度目の視線。そして沈黙。彼女は、動かない。
……何かまずったか。冷や汗を浮かべる獅郎に、少女の指がぴくりと動く。長い時を経て漸くメフィスト以外の存在を認知したようだ。次いで大きく見開かれる桜色の瞳。初めて人間らしい反応を示した彼女に、今度は獅郎が驚く番だった。零れそうな目玉を彼に向けて、少女は薄い唇を開いた。

『あお』

――青。

獅郎がその言葉を胸の内で反芻させている間に、彼女はまた空っぽの器に戻っていた。自身を抱えていたメフィストの腹に鋭い蹴りを入れ、悶絶する彼の手を乗り越えするりと部屋から出ていく様子は、まるで気まぐれな黒猫のようで。

『朔が自ら走った……だと……』

滅法どうでもいいことに衝撃を受けたらしいメフィストの呟きを耳から耳に流しながら、獅郎は先ほどの少女の発言について考える。『あお』とはどういう意味か。何か言葉の続きがあったのか。もし『あお』が『青』のことなら。尚且つ獅郎の考える『それ』であるなら。このことは、メフィストも知っているのだろうか。
頭に浮かんだのは、何かから逃げるよう転がり出ていった少女の背中。そして彼が漏らした言葉は、

「俺、そんなに強面かなー……」

二児を持つ親としての、たわいもない心配事であった。



それから翌日。

「おー、朔じゃねぇか。昨日ぶりだな?」

バタン。

飄々と手を上げる神父を一瞥し、少女は扉を閉めた。


3日後。

「こんにちは。ちょっと話を」

バタン。


1週間後。

「朔、聞い」

バタン。



「……だぁああ!やってらんねー!!」

まるで取り付く島もない。ファウスト邸の庭先で獅郎は頭を抱えた。

極度の人見知りかと思えば、メフィストとはほぼ強制的にだが1日の大半を一緒に過ごすし、アマイモンに至ってはトランプやウノまでする仲らしい。しかもメフィストといる時より口数が多いんだと。
自分に興味を持たない人を根気よく誘って振り向かせるなんて芸当、メフィストはともかく飽きっぽいアマイモンがする筈はないので、彼に対しては少女も少しは歩み寄る姿勢を見せていたに違いない。

だというのに、この差はなんだ。いくら挨拶しても笑顔を取り繕っても気軽に接してみても、彼女からは知らない人物への関心を針の先ほども感じられない。どころか、最近の扉を閉める際のあれは、不審者を見る目ではなかったか。

「やーってらんねー……」

正直お手上げ状態である。1週間前から微塵も縮まらない距離に、パパの心はバッキバキに折れていた。
ベンチにだらしなく座って空を仰ぎ、そのままぐいーっと背伸び。やめたやめた。そもそもなんで俺こんな頑張ってるんだ。もうよくね?燐と雪男さえいれば最強じゃね?

「……あ」

逆さまの風景に紛れ込んだ小さな塊。相変わらず真っ黒いワンピースを着て、長い髪を伸ばしっぱなしにして、ぼうっとどこかを見つめている。あんな所にしゃがんで何をしているのだろうか。春先に肩や足をさらけ出して、寒くはないのだろうか。
そんなことを考えてしまった自分に気付き、獅郎はかき回すように頭を掻いて、よっこらせと立ち上がった。

「なーんか、ほっとけねェんだよなぁ」

無事会話できたら、とりあえずさっきから魍魎(コールタール)を観察してることについて聞いてみようか。



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