サ・クラ奇譚 | ナノ




弐 かなし、かなし
 ひとしきり泣いてしまえば、幾分か落ち着く。
 ようやく泣きやんだ咲耶は、目元を擦りながら身体を離した。
「……ありがとう、月草」
 礼を言うと、優しい手つきで涙を拭われる。
 冷たい指が、熱を帯びた顔に心地良かった。
 ふと聞こえた物音に顔を上げれば、妻戸から涼暮と雅翠が顔を覗かせている。
「あら、涼暮様、雅翠様」
 咲耶の視線を追って、月草が声を上げた。二人を母屋まで招き入れ、彼女は寒かったでしょうにと呟く。
「簀子で待たずとも、廂でお待ち下されば良かったでしょう」
 その言葉に、咲耶はぎょっとして月草を見上げた。言葉の通りに受け取るならば、二人は咲耶が泣いている間、簀子で待っていたという事ではないか。
 一気に顔が熱くなった。きっと耳まで真っ赤になっている。
 涼暮はともかく、雅翠に泣いている様を見られるのはとんでもなく恥ずかしいのだ。
「意外と元気だな」
 ぱくぱくと口を動かしている咲耶を見て、雅翠が苦笑する。
 その顔色が悪い事に気づいて、咲耶はふと首を傾げた。
「……雅翠?」
 雅翠の横で、涼暮が肩をすくめる。自分よりも大柄な息子の背をぽんと叩き、ばかだなあ、と彼は苦笑した。
「見抜かれて心配されるくらいなら、少しでも寝れば良かったのに。一晩中咲耶を看て、寝ずに出仕したからだよ」
 その言葉に、雅翠がばつが悪そうな表情を浮かべる。言い返さないところをみると、彼の言う通りらしい。
 呆れたと呟いて、咲耶は目を眇めた。これでは、彼まで倒れてしまうではないか。
 批難を込めて雅翠を見上げれば、彼は肩を竦める。
「……分かっています。咲耶が目を覚ましたから、俺も寝ますよ」
 頼りない声音でそう告げて、雅翠が対屋から出て行く。いつになく頼りない足取りに、柱に頭でもぶつけるのではないかと不安になった。
「雅翠もまだまだ子どもだなあ」
 どこか嬉しそうに呟いて、涼暮が咲耶へと顔を向ける。
「咲耶もまだ体調が良くないんだろう?」
 その言葉に頷いて、咲耶は涼暮を見上げた。
 彼は咲耶のすぐ横に腰を下ろし、厳しい眼差しで咲耶を見据えている。
 涼暮に遠慮したのか、櫛箱を片付けた月草の姿が掻き消えた。
「咲耶」
 ふっと空気が重たくなる。
「どうして逢魔時に外出していたんだ?」
 声を荒げられたわけではない、感情を露わにされたわけでもない。
 それ故に、涼暮の叱責は身に染みた。
「……ごめん、なさい」
 ぽつりと呟いて、唇を噛みしめる。
 言い訳をする気は無かった。咲耶が言いつけを破ってしまったのは事実なのだ。
 胸元に手を当て、ぎゅっと握りしめる。
 その時になって慣れ親しんだ感覚が無い事に気づき、咲耶は勾玉の存在を思い出した。
「あ……!」
 叱責を受けている事も忘れて、周囲を見回す。ざあと血の気が引くのが分かった。
 どこに行ってしまったのだろう。あれは家族の形見なのだ。咲耶にとって、とても大切なものなのだ。
「咲耶」
 咎めるように名を呼ばれるが、それどころでは無い。
「涼暮様、わたしの勾玉は……!?」
 掴みかかるように涼暮にしがみついて、咲耶は勾玉の行方を尋ねた。
「勾玉が無いんです。落としていないと思うのですけど……紐も千切れてしまったし、ひびも入っていて。もしかしたら砕けてしまっているかもしれないけれど、でも……」
「咲耶」
 先程よりも厳しい声で名を呼ばれ、はっとして口を閉じる。
「……ごめんなさい、涼暮様」
 頭を下げれば、深々としたため息が落とされた。
「反省しているのは分かっているし、咲耶は勾玉が気になって仕方がないみたいだからね。
 ――良いよ、咲耶。勾玉の事を教えてあげる」
 その言葉に顔を上げれば、涼暮は懐から折り畳んだ料紙を取り出す。
 料紙を受け取って、咲耶は膝の上でそれを開いた。
 目を見開く。
 そこに、勾玉「だったもの」があった。

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