サ・クラ奇譚 | ナノ




弐 かなし、かなし
 無数に砕けた勾玉が、鈍いきらめきを放っている。破片は白く濁り、澄んだ薄紅色は見当たらなかった。そっと触れてみれば、ざらざらとした粉が指先に付く。
 頭を殴られたような衝撃を受け、咲耶は息を詰まらせた。これでは持ち歩けない。
「そん、な……」
 胸元を握りしめる。何かが音を立てて壊れていくような気がした。どうしようもなく、視界が滲む。
「形見、だったのに……!」
 思わず呟けば、涼暮が表情を歪めた。
 不意に頭を撫でられる。何かを堪えるような表情に、言い知れぬ不安を覚えた。
「涼暮様?」
 首を傾げる。
 静かな声で謝罪の言葉が紡がれたのは、その直後だった。
「ごめんね、咲耶。
 その勾玉は、形見でも何でも無い。俺が贈ったんだ――魔除けとして」
 言われた事が、理解出来なかった。
「え……?」
 言葉が見つからずに、涼暮を見上げる。
「……壊れなければ、一生形見と偽るつもりだったんだけど、ね」
 小さく呟いて、彼は咲耶から視線を逸らした。
「咲耶は見鬼だった。モノがひっきりなしに寄ってくるような、強い見鬼。だから俺は、勾玉に魔除けを施して贈ったんだ」
「でも」
 あれは家族の形見だと、涼暮自身が言ったではないか。
 大切なものだと言って、幼い咲耶に手渡したではないか。
「嘘だよ。形見だと言えば、咲耶が肌身離さず身につけてくれると思ったんだ。
 例え偽りだとしても、咲耶には拠り所が必要だと思っていたしね」
 実際にその通りだった。
 家族の形見だと教え込まれた咲耶は勾玉を肌身離さず身につけ、心の拠り所にしていた。咲耶にとって、勾玉は自分と家族とを繋ぐものだったのだ。
 涼暮や雅翠は大切な人だ。顔も覚えていない家族以上に長い時を過ごし、気を許した相手でもある。絶対的な信頼と安心感が、そこにはあった。
 しかし咲耶の中で、彼らはどうしても「家族」という言葉に結びつかない。
 咲耶が「家族」を見る機会は、今までにもあった。彼らが持つ血の繋がりは、とても尊いもののように思えた。
 だから咲耶は家族との繋がりを証明するものを、勾玉を大切にしたのだ。
 自分が誰かの血を引いている、絶対に切れない縁で誰かと繋がっている証として。
 けれどそれは偽りだった。家族との繋がりなど、存在していなかった。
「ごめんね、咲耶」
 許しを請うような声音に息を飲む。
 心の奥で何かが砕け、粉々になったような気がした。
「涼暮、様……」
 何と応えれば良いのか分からない。
 自分が傷ついているのか、怒っているのかも分からない。
 胸の中で温かいものと冷たいものが混じり合い、言葉が出てこなかった。
 まるで空蝉(うつせみ)のようだと、他人事のように考える。魂魄を引き抜かれたかのように、何の感情も湧かないのだ。
「でもね、咲耶」
 唇を震わせる咲耶を、涼暮が引き寄せる。慣れ親しんだ香が匂った。
 幼い頃によくそうしたように咲耶を抱きしめて、彼はあやすように背を叩く。
「俺はそれを申し訳ないと思っているけれど、後悔はしていないよ」
 その言葉に、咲耶は息を詰めた。
「騙していたけれど、傷つけてしまったけれど、それで大切な娘が死なずに済むのなら、俺は後悔しないよ」
 俺は咲耶の親だからね、と彼は笑う。
「あの時に偽ったお陰で咲耶を生かす事が出来たのだから、俺は自分の判断を正しかったと思っているよ。――今、咲耶を傷つけてしまったけれど」
 涼暮の腕の中は温かい。咲耶に居場所を与え、導き、慈しんできた彼は、血は繋がっていなくとも「親」なのだと今更のように理解する。
 それでも、咲耶は満たされない。涼暮を父と、家族と呼ぶ事が出来ない。
 なぜ血の繋がった「家族」に固執するのかは、自分でも分からなかった。
「かわいい咲耶を守る為なら、俺は何度でも同じ事をするよ」
 その言葉を聞いた瞬間に視界がぼやける。熱い滴が頬を滑り落ちた。
「騙してごめんね、咲耶」
 宥めるように背を撫でられる。
 涼暮の胸元をぎゅっと掴み、咲耶は彼の狩衣に顔を押しつけた。
 言いたい事があるのに、言葉が見つからない。首を振る事しか出来ない。
 それが、たまらなくもどかしかった。



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