CHAFTER | ナノ




白の貴婦人と最後の嘘
 初めて出会ったのは、ルーナがまだ6歳の時だった。
 不意に姿が見えなくなってしまった愛犬を探しているうちに、アンシーリーコートの悪戯に引っかかった。
 そして、妖精達が暮らす異世界に引き込まれ、放置されたのだ。
 何も分からずに泣きじゃくっていた彼女の目の前に現れたのが、アデルと名付けた彼だった。
 その時の事を思い出すと、今でも笑ってしまう。
 当時の彼女は、自分を元の世界に送り返してくれた恩人に対して「変なの」と言い放ち、彼の髪と瞳が同じ色だからという理由で愛犬と同じ名前をつけ、年上の彼を何度も鷲掴み、そしてわがままを言って困らせたのだ。
 彼もきっと、慣れない子守に手間取ったのだろう。
 最後には話を強引に打ち切られ、強制的に送り返された。
 今になって考えてみれば、仕方のない事だったと思う。
 当時の心境は、もう思い出す事が出来ない。
 「犬のアデル」の死を認めたくなくて、必死に嘘をついた事はよく覚えている。
 「妖精がアデルに会わせてくれる」と何度も自分に言い聞かせ、会えないと言われても必死に信じまいとした。
 死した者が戻らないのは、当然の摂理だ。
 「犬のアデル」がもう戻って来ないという事など、分かっていた。彼に言われなくても、分かっていたのだ。
 ただどうしようもなく辛くて、悲しくて、しばらくは彼のせいにして恨んでいた事も覚えている。
 妖精のアデルが、犬のアデルを隠してしまったのだ。
 妖精のアデルは、わざとルーナに意地悪をしたのだ。
 無理矢理にそう思いこんで、何かに急き立てられるかの様に妖精関連の物語を漁り、民間伝承を読みふけっていた。
 精神的に成長し、自分が彼に助けられた事を理解し、そしてようやく犬のアデルの死を認める事が出来たのは、数年後の事だ。
 あれは、我ながら恐ろしい執念だった。
 ルーナを遠方にある全寮制の学校に進学させた両親は、正しかったのだと思う。
 そうしなければ、ルーナは家中、領地中の蔵書を漁り尽くす勢いで彼らについて調べ続けただろう。

***

 次に出会ったのは、ルーナが二十歳をいくつか過ぎた頃だ。
 紆余曲折を経て両親が勧めた貴族との縁談を蹴り、商人と駆け落ち同然の恋愛結婚を叶え、子供を授かった冬の事だった。
 当時は父親から勘当されていた上に身重の為に日常生活を送る事もままならず、ひそかに連絡を取り合っていた母親の薦めでカントリーハウスに身を寄せていたのだ。
 避暑の為の別荘として建てられたカントリーハウスは、街からは遠く離れている。
 商人である夫とは、しばらくの間は別居しなければならなかった。
 日中だけ家事をこなしに来る使用人を雇ったが、カントリーハウスは避暑地、冬になれば豪雪地域だ。
 あらかじめ説明されてはいたが、あまりにも雪が積もってしまうと、カントリーハウスには誰も来られなくなってしまう。
 彼らが来なくても数日の間は最低限の生活が出来る様に、薪などは多めに用意され、食事も日持ちのするものを多めに作ってもらっていたが、広い邸に一人きり、それも無理が出来ない体で過ごすのは、ひどく苦痛だった。
 雪が降り積もった為に使用人達が来られず、温室で過ごしていた時に、彼は唐突に現れたのだ。
 不意に庭で金色のものが揺らめいたと思ったら、次の瞬間に羽を持つ、金色の男が現れた。
 思わず立ち上がり、外へと続く温室の扉を開け放つ。
 幼い頃の記憶はもう、彼の顔を鮮明に描く事が出来ない。
 見間違いか、勘違いか、それとも、夢なのか。
 信じられないという思いで、何かを探す様に首を巡らせる彼の名を呼んでみる。
 ふと自分と視線を合わせた彼が驚いた様に目を見開いたのが、印象的だった。

[*prev] [next#]
[しおり]
[ 4/13 ]
back




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -