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男は扉の前の女に目を向ける。
「信じられないとでも言いたそうだな」
「いや…あの…」
「しかし、事実だ」
一歩一歩、レイに近づいていく。
「なぜそんなことをしたか疑問だろう。我輩自身にも分からなかった。しばらくはな」
カツ。
カツ。
カツ。
あの時よりも重さの増した音が響いている。
レイはどうしていいか分からなくて、俯いた。
「かなりの難問だ、ホグワーツを卒業してもまだ分からない。しばらくして、お前に再会したときようやく解けた…自分でも理解できない」
低い声が、穏やかに降り注いだ。
「あの時我輩は、怒っていた。お前を泣かせたあの教師に」
「…理由は分かるだろう?」
いつの間にか頬が濡れていた。
気づいた途端、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちてゆく。
「ごめん」
止めようとするが、一度流れ出してしまうとなかなか止まらない。
「謝るな」
「…ごめん。どうして私泣いてるのか…ごめんなさい」
「謝るなと言っただろう」
骨ばった手が伸びてきて、レイの頬を軽くぬぐう。
「前言を撤回しよう。お前はまるで昔のままだ」
「…ごめんなさい。うう…っ」
「謝るのはそれで最後にしろ。いいな」
見上げた顔は、過去のどんな彼よりも、優しかった。
「それにもう泣く必要もないだろう――これからはもう失恋なんて、したくともできなくなる」