とある本丸に初期刀として顕現した加州清光は、本丸創立以来の古株として、日々本丸を支えてきた。そして顕現からしばらく経った頃。ようやく彼にも政府からの修行の許可が出た。そして幕末へと時間移動をし、修行を終えて本丸へと帰還した加州は、本丸の広い玄関先で扉に手を掛けたまま立ち止まっていた。加州はこの本丸に顕現してから、初期刀として本丸、そして審神者を支えていた。だからこそ、これほど長い時間本丸を開けたことはないのだ。

「緊張なんてすることないのはわかってんだけど…なんか緊張するなー」

加州は、今まで修行に行った刀剣達を自分が迎えた時のことを思い返す。何振りもの刀剣が修行へと向かい、自分と向き合い、そして強くなって戻って来た。そしてそれを誰よりも喜んでいたのは。加州の脳裏に、今の自分にとって何よりも大切なひとの笑顔が浮かぶ。初めて会った時は自信なさげに俯いてばかりいたそのひとは、いつのまにか凛とした佇まいで幾多の刀剣をまとめ上げる主に成長していた。
ふと、玄関扉の隙間から食欲をそそる香ばしい香りが漂ってくる。生姜と醤油が焦げる香りだ。加えて小さく聞こえてくる、ぱちぱちと油が弾ける音。これらからわかる今日のご飯は…''鳥の唐揚げ''。
加州は先程の迷いが嘘のように、少しばかり焦りながら扉を開けた。鳥の唐揚げは主の得意料理。そのため、好物の刀剣も数え切れないほどいる。唐揚げが夕飯の時はいつも食卓が争奪戦なのだ。奥の大広間から賑やかな声が聞こえてくるため、どうやら皆集まっているようだ。

「な、なんか微妙な時に帰ってきちゃったな〜こんなことなら、もう一日くらい修行でもしてくれば…」
「清光。」

大広間の様子を廊下の隅で伺っていた加州を、穏やかな声が呼ぶ。その声を聞いた加州がはっとして振り返ると、そこにはこぼれ落ちそうなくらいの唐揚げが乗った大皿を持った審神者の姿があった。その後ろには同じく唐揚げの皿を持った小夜左文字と大和守安定の姿もある。

「おかえりなさい!清光が大好きな唐揚げ、いっぱい作って待ってたよ!」
「主…加州のこと心配しすぎて、ずっと今日の料理の仕込みばかりしてたよ…」
「もう…それは内緒でしょう、小夜!」
「あと少し帰ってくんのが遅かったら、全部みんなに食べられてたかもだけどね。」
「安定も…今日はみんながいっぱい食べてもなくならないくらい作ったから大丈夫だよ!厨に仕込み済みの二軍お肉がまだあるからね。」

わいわいと会話を繰り広げる三人を見て、加州は自分は本丸に帰って来たのだと安堵の気持ちに浸る。そして審神者が持っていた皿の唐揚げをおもむろに摘むと、審神者と後ろの二人が目を丸くしている間に口へと運ぶ。

まだ熱い衣をさくさくと齧ると、滲み出る油と柔らかい鶏肉が絡まり、下味の生姜と醤油の香ばしい味が口の中へと広がる。この味付けは歌仙好みの上品な薄味でも、燭台切こだわりの濃味でもない…どこか懐かしい、審神者が作った味だ。

「うん、やっぱり…初めて食べた鳥の唐揚げの味と、変わらないね。」
「ふふっ…それ、褒めてる?」
「もちろん。俺、主が作る鳥の唐揚げの味が一番好きだからさ。」

本丸創立一日目。初めての戦場でぼろぼろになって帰って来た加州を、審神者は泣きながら手当てした。そしてやっと泣き止んだかと思うと、私に出来るのはこのくらいだからと一杯のご飯、味噌汁…そして鳥の唐揚げを作って持って来たのだ。誰もいない二人きりの本丸で食べた初めての食べ物の味を、加州は今でも覚えている。そしてあの時、刀の時はただ見ているだけだった''食事''という行為がどれだけ素晴らしいものなのかを知ったのだ。

「ただいま、主!」

加州の帰宅の挨拶を聞くなり、審神者は満面のの笑みを浮かべて加州の手を引いた。ぐらりと揺れた唐揚げの皿に加州がひやりとしていることも構わず、早歩きで廊下を進んで行った。

「みんな待ってるよ!早くご飯食べよう!」

いつもに増して賑やかな今日の本丸の夕飯は、さくさくの衣に生姜と醤油が香ばしく香る…皆大好きな鳥の唐揚げ。


あなたのためのわたしなんです

prev next
back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -