淡い期待を織り込める


「…あら。」

居間に積み上げられっぱなしだったダンボールもだいぶ少なくなり、一段落していたサクラは、ふと、棚の上に無造作に置かれた小さな箱が目に止まった。サクラの手の中に収まった箱には、白い蓮の装飾が繊細に描かれて美しく輝いている。描かれた蓮の花とこの箱をサクラに送った人物を重ね合わせながら、サクラはそっと口元を緩めた。

「ふふっ…これは大切な物だから最後に出そうと思っていたのに。犯人はサラダかな。」

口ではそんなことを言いつつも、サクラの表情はとても優しいものだった。昼間、娘のサラダに開けられることのなかった美しい箱は、サクラの手によって、ようやくその蓋を開かれる。薄い桃色の布地が張られた箱の中に入っていたのは、小さな貝殻や押し花、髪飾りなど、とても可愛らしいものばかりだった。箱の中に詰められたものを見てくすりと笑みをこぼしたサクラは、そのまま箱の中のとある物に手を伸ばした。

「…綺麗な水色の貝殻。あなたに瓜二つね、なまえ。」

サクラの手のひらの上、光を浴びてきらめくのは、儚い水の色をした小さな貝殻。貝殻を見つめながら"親友"の名をつぶやいたサクラは、導かれるように傍らの棚に置かれた古ぼけた写真立てへと視線を移した。
日に焼けて少々色あせてしまった写真に写っているのは、まだ何も知らなかった下忍時代の自分。今はもう知らぬ者はいないほどの忍に成長したナルトとサスケ。そして…サクラにとって大切な"親友"であるなまえ。なまえのことを思い返すと自然によみがえるのは、誰しもを虜にしてしまう、なまえの儚く優しい歌声だった。

「"あなたが深い闇の中でも迷わないように
わたしが光を灯すから
だからどうかあなたの傍に"」

なまえの歌声を思い返しながら、サクラは思わずなまえの歌を口ずさむ。しかしサクラはすぐにくすくすと笑いをこぼすと、自嘲するように言葉を吐いた。

「やっぱり、これだけはアンタじゃなきゃダメね。」

***


触れたら溶けてしまいそうな長い髪も。きらめく蜜のような金色の瞳も。透き通るようにきれいな声も。彼女の全てが羨ましかった。
先日、娘のサラダが見つけた小さな箱を、サクラは静かに見つめていた。辿るように蓮の花の装飾を撫でて、そっと蓋を開けると、その中には彼女の生きた証が詰まっている。中に入ったものの一つ、小さな水色の貝殻は第七班の任務で海に行った時に拾ったもので、サクラがなまえに似ているからと彼女にあげたものだった。
サクラは箱の中から水色の貝殻を取り出すと、そのまま座っていたベッドの傍らにある棚の引き出しを開けた。引き出しから取り出したのは…桃色の桜を象った装飾が施された小箱。慣れたように小箱の蓋を開けると、中にはサクラが少女時代に集めた宝物が詰め込まれていた。その中にはサクラが持っている水色の貝殻によく似た、桜色の貝殻も入っている。それは他でもない彼女が、サクラに似ていると言ってサクラに渡したもの。
二人の少女の思い出が閉じ込められた二つの小箱。彼女がサクラに教えたのだ。それは彼女が幼い頃に住んでいた一族の小さな里…水郷の里に伝わるおまじない。''自分の大切なものを詰めた小箱を大切な友達と交換してそれぞれ持ち続けると、その絆は永遠に続く''。
まだ何も知らなかったあの頃。ライバルであるいのとはまた違う、言いたいことを本音で話し合うことのできる''親友''と、ずっと一緒にいられるのだとサクラは信じていた。そしてサクラにとって、自分にない強さと優しさを持った彼女は憧れだった。彼女が初恋を叶えるのなら、自分の初恋は叶わなくてもいいとさえ思えてしまうほどに、彼女…みょうじなまえはサクラにとって大切なひとだった。
それなのに、彼女は里を抜けたサスケに着いて行き、あの夜サクラには最後の別れ一つしなかった。最後に会った時の会話は、''またね''とただそれだけ。彼女は変わらぬ笑みで微笑んでいた。先の大戦で自らの命と引き換えに大勢の命を救った時もそうだった。彼女はただ笑って言ったのだ。

「''ありがとう''なんて言われたら…何も言えないじゃないの。馬鹿ね。」

彼女はいつもそうだ。サクラの隣で馬鹿みたいに笑っている。でもサクラは、そんな彼女だったからこそ仲良くなりたいと思えたし、恋敵だとしても''親友''でいたいと思えた。そしてそれは…今も変わっていない。
彼女が消えた後、彼女の数少ない持ち物の中からは何に使うかもわからない小さな小箱が見つかった。それは何も知らなかった少女時代のおまじない。あの頃サクラがなまえと交換した小箱だった。

「…本当に。ほんとに、アンタは馬鹿よ。」

大層呆れたように言葉を吐いたサクラは、困ったように苦笑を浮かべている。その瞳からそっと溢れ落ちた涙は、小さな二つの箱に落ちて弾けた。


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