いつかどこかの君のために


彼女の儚い歌声は、あれから十年以上経った今でも耳に焼き付いていた。
電子機器が発達した現在の技術を持ってしても、無線さえ届かない奥地に一人佇む男…うちはサスケは、月の光を受けてきらめく湖に自然を落としながら目を細める。湖の上には青々と蓮の葉が生い茂り、数え切れないほどの花びらは羽を広げるように花開いていた。汚れた泥を吸い上げるほど美しい花を咲かせるという蓮の花は、彼女…みょうじなまえの一族が家紋に刻んでいた花だった。泥の中にいても決して汚れないこの花は、まるで彼女の生き様そのものだと、サスケは蓮の花を見る度に思っていた。
サスケが復讐に身を焦がしても傍に寄り添い続けた彼女は、最後の最後までただ微笑んでいた。サスケはあの運命の日から長い時が経った今でも、彼女の歌…そして、彼女の最後の言葉が忘れられなかった。

愛してる

彼女の幼なじみだったサスケは、彼女が一族のように自らの力で自らの身を滅ぼすことを何より嫌っていたことを知っている。しかし、彼女は散々嫌っていた筈の''願いの歌''を歌ったのだ。夢かと疑うような美しく儚い歌声は戦争で傷つけられた者達の傷を癒し…この戦争で息絶えた者達をよみがえらせた。そ して彼女はなんの跡形もなく、ただ光の粒となって消えてしまった。彼女の命と引き換えに、先の大戦での世界の目に見える傷痕は消えた。
大戦の後は犯罪者として扱われた時期もあったサスケだが、彼女の功績が大きかった分、大衆は犯罪者のことなど忘れていった。
咲き誇る蓮の花を見るたびに、彼女のことを思い出す。彼女の声を、歌を。そして…幸せそうに笑った顔を。彼女の存在がこの世から永遠に消え去ってから初めて、サスケは気がついた。己も確かに、あの美しく儚い彼女を''愛していた''のだと。だからこそ、電子機器が発達した今でもあの大戦の時に使用されていた小さな無線機を持ち歩いている。全く使い物にならない無線機はもう随分と古ぼけていたが、それでもサスケは愛おしそうに無線機を見つめると、そっと耳元に寄せる。

あなたが深い夢の中でも
迷わないように
わたしが手を伸ばすから
だからどうか
その瞳を閉ざさないで

あなたが深い闇の中でも
迷わないように
わたしが光を灯すから
だからどうか

あなたの傍に


この無線機には、あの運命の日に彼女が歌った最後の歌が記録されている。優しく儚く、聴いている者の心に寄り添う…サスケが何より愛した美しい歌声が。
しかしその歌声は同時に、彼女はもうこの世界のどこにもいないのだということを鮮明に伝えていた。けれど、だからこそサスケは思うのだ。あの頃のように世界を壊すのではなく、彼女が最後に愛したこの世界を。彼女が愛してくれた己の足で歩こうと。

「…愛してた。」

遠い日の記憶に答えるサスケの声は、あたたかい夜風に包み込まれて静かに消えていく。


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