誰かを想って紡いだ糸なら


名前はみょうじなまえ。好きなものは花とか動物とか…きれいなものかな。それから、歌を歌うことが好き。

初めて会った時はあの美しい容姿の中にとてつもなく薄暗い何かを抱えた、正に''美しき怪物''そのものだと思った。
整った顔にめいいっぱいの笑みを貼り付けて、抱え込んだ怒りを押し殺して。同じように家族を殺され、一族を迫害されていた幼なじみ…うちはサスケ以外には決して心を開かない、哀れな少女。それがかつて彼女の師であった六代目火影、はたけカカシが感じたみょうじなまえの印象だった。
しかし彼女は第七班で任務をこなし、同期の忍達と同じ時間を過ごしていくうちに変わっていった。貼り付けたような笑みは随分とやわらかくなり、仲間に寄り添うことができる優しい忍となった。その後、彼女は復讐に取り憑かれた幼なじみ、サスケの後を追って里を抜けたが、それでも彼女が無闇に人を殺したり、傷つけることはなかった。彼女は最初からサスケを守り、ただ傍にいるために里を抜けたのだ。彼女は気がついたのだろう。たとえ世界がどんなに残酷だとしても、たった一人でも傍にいてくれる者がいれば生きていけるということを。
だからこそ…先の戦争で、自分以外の誰かの大切なひとを無くさないために、自らの命と引き換えに戦争で死んだ者達をよみがえらせたのだ。元々抜け忍として扱われていた彼女だったが、今や彼女のことを抜け忍などと呼ぶ者はいない。あれほど後ろ指を指されて生きていた''美しき怪物''は、皮肉なことにその命と引き換えに次世代の三忍…うずまきナルト、うちはサスケ、春野サクラと共に世界を救った''英雄''として語られることになった。

「…人間っていうのは、都合のいい生き物だからね。」

もう何度訪れたかわからない石碑の前で、カカシは一番上に刻まれているみょうじなまえの名前をなぞった。苦笑を浮かべながら、自分より先に逝ってしまった教え子の透き通るような歌声を思い返す。彼女は一人になるといつも、歌を歌っていた。それは儚く、他のどんな歌よりも美しいものだった。何故、なまえの歌がそれほどまでに美しかったのか…その答えを、カカシは知っている。

「バレバレなんだよ。お前がしたことは全部……サスケのためだったことくらい。」

彼女の美しい歌には、いつだって苦しいほどにサスケへの想いが込められていた。きっとナルトとサクラは、それに気がついていた筈だ。''世界を救う''などといったなまえの建前は、結局全て愛おしい男ただ一人のためにあったのだ。戦争が終わった後、少しでもサスケの罪を軽くするために。サスケと、サスケが大切に想う者達が少しでも優しい世界で生きられるようにするために。
おそらく、サスケ自身も気がついている筈だ。だからこそ今でも彼女の''歌声''を持ち歩いているのだろう。
何故彼女はそこまでサスケに入れ込むのか。彼女がサスケを追って里を抜けた後、疑問を抱いていた時期もあったのだが、答えは簡単だった。サスケが''美しき怪物''に手を差し伸べた初めての少年だったからだ。

一人ぼっちだった私に、サスケは手を差し伸べてくれた。それが偶然だったとしても…サスケは、私の歌を''きれい''だと言ってくれた。

いつの日か、やわらかく微笑みながら彼女が言っていた言葉を思い出す。迫害されてきたなまえにとっては、サスケがかけたたった一言の言葉でも特別だったのだ。そして、そのたった一言が始まりとなって、彼女は変わっていった。
確かに彼女は大戦が終了したあの日、サスケのために歌を歌った。でも、きっと…サスケを始まりにして新たにできた仲間が、なまえにとって大切だったということも、決して嘘ではない筈だ。

「……お前みたいな大馬鹿は、オレがそっちに行った時に殴ってやるよ。」

溜め息混じりに紡がれた言葉と共に、石碑の前に一輪の蓮の花が置かれる。花びらを揺らすあたたかい春風はどこかなまえに似ている気がする。カカシは柄にもなくそんなことを思いながら、一人目を細めた。


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