「ねえ、イタチ。」

今にも消えてしまいそうな、小さく澄んだ声が一人の名前を紡いだ。小さな声にもかかわらず聞き漏らさずに、名前を呼ばれた人物…イタチは肩より少し下へと伸びた黒髪を揺らしながら振り返った。それと同時に、つい先程イタチの名を呼んだ声の主はぱっとその場に立ち上がる。

「イタチが探している"答え"…見つかった?」

無邪気な少女らしく首を傾げながら、彼女はイタチに新たな問いを投げかけた。立ち上がった拍子に彼女の長い髪がまるで花びらように散り、イタチはその幻想的にも見える光景に目を奪われながらも口を開いた。

「…いや。まだ、分からない。きっと"答え"は一つじゃないから。」

無邪気な様子を見せていた彼女に対し、イタチはまだ幼さが残る顔に影を落としながら答えた。イタチの答えを聞いた彼女はその答えがわかっていたのか、それとも予想外だったのか。ただ静かに目を細めた。

「"命"は生まれる。"命"は死ぬ……"命"って何だろう。"命"が寄り集まる"里"って何だろう。それならば、"里"に集う"忍"って何だろう。」

穢れを知らない澄んだ少女の声は、無邪気にとてつもなく重たい言葉を吐き出した。どこからともなく吹いてきたやわらかい風が彼女の髪を再びなびかせ、重い言葉を優しく包み込む。

「…なまえ。」

先程の彼女…なまえと同じように、イタチは目の前にいる少女の名を呼んだ。イタチの口から、今まで何度も紡がれたその響きはしっくりと型にはまっているようだった。呼ばれ慣れたその名を聞いたなまえも、慣れたように首を傾げる。

「なまえはどう思う?"命"って、"里"って。"忍"ってなんだと思う?」
「…いざ自分が聞かれると、やっぱり難しい質問だね。一つだけはっきりわかるのは、さっきイタチが言ってたとおり、このきっと問いの"答え"は一つじゃないって事。」

返されたなまえの答えに、イタチは何やら不服そうに眉を寄せた。どうやらなまえの曖昧な答えは、イタチのお気に召さなかったようだ。あまり頻繁には見ることのできないイタチの表情を見たなまえはくすくすと笑いをこぼした後、再び口を開く。

「そんな顔しないでよ、イタチ。こんな難しい問いだもの。答えが簡単にわかったら、きっとつまらない。」
「俺は別に面白さは求めてない。」
「そうだね。イタチはとても優秀で、真面目だから。」

まるでイタチをからかうように、なまえはその場をくるりと一回転しながらそう口にした。光に溶けてしまいそうななまえの髪とは正反対の、夜空を映し取ったような藍色のワンピースの裾がひらりと持ち上がる。

「でもね、私は思うの。"命"はね、人間の"魂"そのもの。"魂"は人間の意識そのもの。そして意識は…私達の存在に"忍"という名前を与えている。意識は存在に名前を付ける。意識が存在するから人間は集い、"里"という一つの塊をつくるの。」
 
なまえの声は再び難解な言葉を連ねた。普通の少女ならばこのような難解な言葉を吐くことはないし、普通の少年ならばこんな話を聞かされたら返す言葉もなく口を閉ざしてしまうだろう…しかし、イタチとなまえは普通の少年少女とは少し違う。イタチはなまえの言葉を聞いて少し考え込んだ後、やがて思考がまとまったのか、再び口を開いた。

「確かに…俺達の魂、魂の中に存在する意識が、俺達に"忍"という役割を与えているのかもしれないな。それなら、人間から意識を消してしまえば……もう争いをする事もないのかもしれない。魂も忍も里も…意識が消えれば意味を無くすから。」

イタチの脳裏に甦るのは、今も記憶の中に強くこびり付く残酷な記憶。それは里同士の、忍同士の争いでの記憶。イタチが思い返しているものを自然と感じ取ったのか、なまえもそっと目蓋を伏せた。彼らは幼いながらに第三次忍界大戦を経験し、たくさんの死と忍の世界の現実を見た。彼らが普通の少年少女と異なる思考を持っているのは、その残酷な記憶が原因なのだろう。幼いながらに難解な言葉を吐くのは良いことなのか、それとも悪いことなのか…そんなことを考えることなく、先に顔を上げたなまえはそっとイタチを見つめると、言葉を返した。

「…人間から意識を消してしまえば、確かに争いは無くなるかもしれないね。でも、それは"人間"という存在を放棄することになる。人間から意識を消してしまったら、きっと私は私でなくなってしまう。」
「……何だかんだ言ってなまえはもう自分の"答え"を見つけてるじゃないか。」

先にイタチを見つめていたなまえより少し遅れて、イタチも目の前にいる少女を見つめた。物心ついた時から共にいた幼なじみの少女。うちは一族ではない少女とこんな難解な話をするまでに親しくなったのは、やはり彼女もイタチと同じように優秀で、周りの人間よりも賢く大人びていたからだろう。そんなことを考えているイタチに対し、なまえは先程と同じように、恨めしそうに自分を見つめるイタチに、再びくすくすと笑いをこぼしている。

「でも、さっきイタチも言ったとおり"答え"は一つではないし……色んな人に触れて、関わって…"答え"を求めることにきっと意味があるんだよ。今の私の"答え"も、私が大人になる頃には変わっているかも。」
「なんだそれ。まったく…なまえには適わないな。」

つい先程まで難解な言葉を連ねていたなまえ。しかし今度は、今までの発言を全て投げてしまうような言葉を発しており、イタチは呆れたように苦笑を浮かべた。

「とにかく、ね?イタチも何か"答え"が出たら、きっと私にも教えてね。」
「…俺がどんなに真面目に考えても、なまえは笑いながら聞くんだろうけどな。」
「ふふっ…そうかも。でも、イタチがどんな"答え"を出したとしても…その時、私がどんな"答え"を出していたとしても……私、イタチの傍にいたいな。」

可愛らしい言葉と共になまえの顔に浮かんだ笑みは、とてもあたたかいものだった。その笑みだけで、なまえの言葉に裏がなく、ただイタチと共にありたいという願いだけが伝わってくるように感じた。イタチはなかなか見せないやわらかい表情を浮かべながら、ただそっとなまえを見つめた。


ほとりの逢瀬

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