「ねぇ、イタチが名前をつけて。」

春のやわらかい日差しが差し込む窓に腰掛けながら、なまえはあまりに唐突にそう言った。イタチはなまえの声を聞いて整理するために広げていたクナイから顔を上げ、なまえの方へと視線を向ける。幼い頃から美しい容姿を持っていたなまえは成人してもその容姿を一層輝かせ、少女の時から顔を合わせているイタチもふとした拍子に見とれてしまうほどだった。なまえが首を傾げたと同時に透き通るような髪が揺れ、イタチはそんな髪の揺らぎを追いながらようやくなまえの問いに対して言葉を返す。

「名前とはなんの事だ?」

唐突な言葉に対しての当然返答だが、なまえはきょとんと目を丸くした後、大層面白そうにくすくすと笑い出した。突然唐突な言葉を吐いたと思えば目を丸くし、笑う。ただ見ているだけならば随分勝手ななまえの振る舞いだが、長い付き合いで一応"恋人"という立場になっているイタチにはもはや慣れたものだった。それでも、呆れて出てしまうイタチの小さな溜め息さえ気にも止めず、なまえは再び口を開いた。

「何って…もちろん"この子"の。」

これまた無邪気な笑みを浮かべているなまえが撫でているのは、自らの腹。イタチは状況を整理するように少し口を閉ざし、僅かに瞳を揺らした後、改めてなまえへと向き直ってゆっくりと口を開いた。

「それは冗談か。」
「こんな大切な事に冗談は使わないよ。」
「…いつからだ?」
「ついこの間。」

日常の出来事を語るような調子で、なまえはあまりに洒落にならない言葉を口にした。こればかりはなまえと長い付き合いのイタチでも予測することなどできず、相応しい回答も浮かんでこない…しかし、イタチの中ではただ一つだけはっきりしている言葉があった。

「…産むつもりか。」
「もちろん。」
「駄目だ。」

イタチに続ける言葉を他にも考えている様子のなまえだったが、イタチはそんななまえの声を聞くことなく、ただはっきりと言い放った。イタチのあまりに残酷な返答を聞いたなまえはというと、まるで予想どおり、とでも言うように苦笑を浮かべている。

「やっぱり…そう言うって思ってた。」
「当たり前だろう。周りに何と説明するつもりだ?"S級犯罪者"の子供だとでも言うのか?そんな事を知られたら、お前と子供はどうなるか…分かっているのか。」

イタチの声は普段の声とは比べものにならないほどに低く、あまりに冷たい怒りを孕んでいた。滅多に感情を現すことのないイタチだからこそ、感情を現していたいるということはよっぽど今の状況に感情を燃やしている証拠だとわかる。他の者が耳にしたら一瞬で固まってしまうであろうイタチの声になまえはというと、先程と変わらず苦笑を浮かべていた。

「…分かってる。私の中でイタチが"一番大切なひと"でも、他の人から見ればただの"犯罪者"だって。私だけじゃなくて、生まれてくる"この子"にも…悲しい思いをさせる事があるかもしれないって……わかってる。」
「それなら…!」
「それでも、私は"この子"に会いたいの。あなたと私の…世界でただ一人の愛おしい"この子"に。」

イタチの瞳を射抜くなまえの瞳はあまりにも真っ直ぐで、他のどんな宝石と比べものにならないほどに美しかった。こうして言い出したなまえは…もうどんなことを言っても聞かない。一度決めたことは絶好に曲げることのないなまえを、イタチは幼い頃から知っていた。そして、思い返せばこんななまえにイタチが勝てたことは…一度だってない。
幼い頃、皆が寝静まった夜更けに突然訪ねて来て、夜桜を見に行こうとねだられた時も。
暗部に入ったばかりの頃。カカシとなまえとイタチのスリーマンセルで任務に向かった時、さっさと任務を終わらせたいというなまえの我が儘に押し負けて、二人だけで敵を一掃した時も。
里を抜けた後もそうだった。暁へと入ったイタチを見事に見つけてみせると、"三代目に監視役を命じられた"と笑顔で言い放った。三代目が亡くなってからもなまえは定期的にイタチの元へと訪れて、体の具合が悪い所まで見抜き、毎回延命の薬を持って来る。
美しさに儚さを併せ持った容姿には似合わず、我が儘で自分勝手で寂しがり屋で頑固ななまえ。しかし…そんななまえが、イタチは幼い頃から好きだった。一度決めたことは絶好に曲げることのないなまえだからこそ、里のためと一族を殺し、弟の憎しみを独り受け止めることを選択したイタチがただ"傍にいて欲しい"と願ったのだ。
つい先程までなまえの話を聞こうとしなかったイタチはなまえの真っ直ぐな瞳を見つめ返し、大層呆れたように笑みを浮かべた。

「…なまえはいつもそうだな。オレが真面目に答えを探している隣で、そうやって笑いながら自分の答えを出す。」
「イタチも、昔から何も変わってないよ。優秀で真面目で……とても優しいひと。」

静かな音を立てながら、なまえは座っていた窓辺から飛び降りた。その拍子に揺れた淡い色の髪が春の光に溶け、幻想的に反射する。切り取りたくなるような美しい光景にイタチが惹かれるように手を伸ばすと、同じく伸びていたなまえの指がイタチの白く細い手を取った。そして導くように、自らの腹へとイタチの手を当てる。今も"ここ"にいるであろう小さな命の鼓動を辿るようにイタチはそっと瞳を閉じ、そのまま言葉を続けた。

「…オレはもう、長くお前の傍にいる事が出来ない。"この子"が産まれる頃には……オレはこの世にいないだろう。お前の事も、"この子"の事も…オレは守ってやる事が出来ない。」

イタチの言葉を受け止めるかのようになまえはイタチの頬から首へと手を滑らせ、その手のひらはやがてイタチの左胸の上で止まった。儚い命の音を拾い上げながら、なまえもそっと口を開いた。

「あなたの体も、瞳も、命も…あなたの大切なサスケにあげる。その代わりに…あなたからもらった"この子"の命は、私にちょうだい。」

なまえは"イタチの真実"を知る数少ない人物だ。そして"真実"とイタチがこれからやろうとしていることを知りながら、それを止めようとはしなかった。イタチが苦しみながら選択したことならば、その"答え"に寄り添うと決めた。"イタチの傍にいたい"と願った幼い日からずっと…決めていた。
取引をするように首を傾げたなまえの頬へ、イタチは空いている手をそっと滑らせた。

「"この子"には…名前をあげて。イタチがいなくなっても、あなたがつけてくれた名前が……きっと"この子"を守ってくれる。」

先程突拍子もなく口にした言葉を、なまえはもう一度続けた。先程まで真っ直ぐで美しい瞳でイタチを射抜いていた女性の姿はもうそこにはなく、今イタチの目の前にいるのは寂しがり屋の儚いなまえだった。それでもなお、なまえの顔には笑みが浮かんでいる。イタチはもう先程のように疑問の言葉を返すことも、反対の言葉を吐くこともなく、静かに頷いた。


慈しみの対等

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